第10話 朝比奈みくるの憂鬱
深夜営業のスーパーまではそう長い道のりではなかったが、車道を通過する車の騒音が朝比奈さんの言葉を聞きづらくしていた。
「禁則があってあまりうまく話せないけど……ごめんなさい」
断りをいれた上で、朝比奈さんはゆっくり言葉を選びながら話しはじめた。
「時間は確率の問題なの。だから未来は
自分にい訊かせているかのように言葉を切った朝比奈さんは俺たちの視線を避けるかのように前を向いていた。
「涼宮さんの事象が発生してから、時空跳躍が出来るようになるまでの歴史をトレースしてみると、あたしのいた未来は確かにキョン君とつながりはあるけれど、その発生確率は余り高くないということがわかったの」
「どれくらいなんです。その確率とやらは?」
「どう考えても、もっと強力な……」
朝比奈さんは急に口パクになって聞こえない。禁則事項ってやつなのか。何かを一生懸命話そうとしている姿が痛々しい。
「……が選択されていないとおかしいの。あたしがここに来られるのは不思議なくらい」
俺はふと思った。それはひょっとしてハルヒに呼ばれたから、なんだろうか。
古泉が割って入った。
「それは朝比奈さんたち未来人が、歴史に干渉した結果ではないですか。これまでのことは朝比奈さんの未来を実現するための布石では?」
すこし勢い込んで古泉はいった。こいつの時間旅行熱が再発したらしい。
「……禁則ぎりぎりだけど、これだけは言えるわ。これほど稀少な可能性の確率を上げるのはあたしたちにはとても難しいことなの」
「確率が小さいと言っても、すでに朝比奈さんはここにいるしわけだし」
「今この瞬間にも別の未来が選ばれている。実現可能性の低い世界線は……の構造からいってとても不安定なの」
「朝比奈さんは直接干渉できないので、現在の人間に依頼するのでしたね? それはほかの未来人も行っているのでは?」
朝比奈さんはうつむいて黙っている。これは完全に禁則事項らしい。
朝比奈さんの言う現在の人間、というのは
だが、たった一人で
「長門、なんですね?」
俺の言葉で朝比奈さんの足が止まった。
「朝比奈さんの未来世界が成立する確率はごく低い。その確率を逆転させるもしないも、長門さんのさじ加減一つ。そうなんですね?」
古泉が俺のあとを続けた。相変わらず理解の早い男だ。朝比奈さんはしばらく黙っていた。これも禁則なんだろうか。
唐突に妙なことを考える。禁則で会話が途切れた前後の文脈を拾っていけば禁則内容を把握できるんじゃないか。……ひょっとして古泉、というか『機関』ならどうだろう。
「自分たちの世界線の存在確率を高めるための……からの干渉はいたる所で行われているわ。それは一種の時間戦争なの」
消え入るような小さな声で言った。
そういえば朝比奈さん――大人の方もだが――は、長門が苦手なことをこれまで隠そうともしなかった。自分たちの命運を握っているかも知れない宇宙人だ。腰が引けるのも解らないでもない。
「つまり、長門に働きかけて欲しいということですか」
「ええ」
その働きかけというのがなんなのかは朝比奈さんにも解らないという。
通りの向こうにスーパーの電光看板が見えてきた。それから何も話すことなく俺たちは店に入ったんだった。
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