第9話 囁きの川辺

「せっかく誘ってくれたのにこんなことになってしまって」

「キョン君のせいじゃないよ。キョン君のご飯は団の鍋パーティーでご披露してくれればいいっさ」

 鶴屋さんはまったく気にした様子もなく、屈託のない笑顔を返してくれる。それどころか、挽回ばんかいのチャンスまで考えてくれた。それまでに調理の腕を上げておいてね、という優しい配慮メッセージ付きで。まさにものは言いようだ。

 いつもながらこの人の度量の広さに感服する。さすがにいつか一家を背負う立場にある人は違う。


 ……ん? たき火のそばで所在なげに棒立ちになっていた長門が急に存在感を増す。まるで遮蔽しゃへいモードから自らを解放したかのように。部室の中ですら時折雰囲気が希薄になったり増したりする……そう感じているのは俺だけかも知れないが。俺と鶴屋さんをじっと観察していたかのようだ。しかしその一瞬は煙のようにやがて消えた。



 朝比奈さん自家製のおにぎりの残りを俺がたいらげたあと、あと片付けを始めることにした。鶴谷さんと古泉がゴミを拾って袋に入れている。当然ながら、カレーの残骸処理と鍋洗いは俺の担当だ。

 この状態で家に持って帰ったらお小言の一つも免れまい。川砂で鍋にこびりついた焦げをこそぎ落とし、できるだけきれいにしておいた方が無難だ。

 靴を脱いでひやりとした川水に足を浸しながら、手を動かしつつ考えをさまよわせる……。


 おばあさんは川に洗濯へ、俺は川辺で鍋洗いってか。

 まてよ、この展開どっかで聞いたような。昔話? なんだったっけ?

 子供の頃、これと似たような話をどっかで聞いた。ハルヒは赤ちゃんを連れて、病院へ。だから?


「話したいことがある」

「わっ!」

 気配なしで近づくのはやめような。どうやってか知らないが、川砂利の岸辺を無音、無気配のまま後をついてきたらしい。

 長門の肩越しに、片付けをしている古泉といつの間にか動きやすいように長い髪を束ねた鶴屋さんが荷物をまとめている。


「ここへ来てまもなく聞こえたのは雷鳴ではない。時空平面が不完全なやり方で一時的に接合されている。その残存エネルギー」

 よく分からんが、確かに昼前にそんな音がしたな。山鳴りかと思ったが。じゃなんだ?

「朝比奈みくるのTPDDは一時的に時空平面を解消して時間を移動する。先の衝撃音は、より原始的な技術による時空跳躍の余波と考えられる」

「どこから来たんだ」

 これは愚問だ。現行テクノロジーでなければ、未来に決まっている。だが、朝比奈さんの言った話とはちがうんじゃないか。

「上流に岩が焼けたようなあとがあったが」

「時空跳躍時の残存エネルギーが解放されたのだろう。TPDDは微かなノイズが残るだけだが、この未来人はそうではない」

 俺は長門がきのう描いていた図面を思い起こしていた。となれば答えは一つだ。

「すると俺達の無限に分岐した未来の一つではあるが、朝比奈さんとは無関係の未来からきたんだな」

「違わない」

「なんで来たんだ」

「あの子供」

 あの赤ちゃんが俺たちとどうか関わりがあるってんだろう。昨夜、朝比奈さんから聞いたと食い違っていないか。


 あのとき、朝比奈さんが言ったのは……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る