第6話 到着

 目的の場所は公園として整備されているらしく、川岸が広場に整備してあった。キャンプやバーベキューをするスペースもある。水道も近くまで引いてあって洗い場もある。

 開けた場所にはそろいの法被はっぴをきた家族が数組すでに陣取っている。どこかの地域行事か秋祭りから流れてきたんだろう。俺たちの確保した場所の上流側でも、火をいて食事の用意をしているようだ。疲れた感じのおっさんが汗だくで缶ビール片手に火をかきおこしている姿はよくある家族サービスお疲れ様、といった風景だ。

  

「キョンの昼ご飯が出来るまでの間、女子はスポーツの秋を満喫するわ。みくるちゃん、有希、鶴谷さんもいくわよ!」

 ハルヒが持ってきた荷物は、ミニバレーっていうのか小学生用のソフトバレーボールと折りたたみ式ポール、そしてネットだった。

 ハルヒは瞬く間に沢ガニさがしで砂利をほじくっていた子供数人を徴用ちょうようし、すこし上流の開けた場所でビーチならぬ川バレーを始めている。

「うりゃぁぁ」

「はわわっ。いっ痛いですぅ」

 振り返ると朝比奈さんが川砂利に座り込んで頭を抱えている。ボールが転がったまま、子供たちが守るように周囲に集まっている。

「このくらいのやわらかボールで驚いちゃダメじゃない!」

「みくるっ。さあ、続ききをやるよっ」

「…………」

 ミニバレーの低いネットを境に二手に分かれたその組み合わせは長門・ハルヒ・鶴谷さんチーム 対 朝比奈さん・俺の妹含む子供連合らしい。その組み合わせは卑怯だろう。ハルヒ含む三人は事実上無敵チームである。かたや中学生と見まがう保母さんと幼稚園児という比喩がぴったりの弱小チームだ。

 やがて動きのふんわり過ぎる朝比奈さんにしびれを切らしたのか、ハルヒ・鶴谷さんペア対長門・妹組になっている。

 ほとんど長門一人で打ち返していた――気のせいか長門の手に触れる前にバレーボールが球速を落としているような?

 ……いや、よそう。余り深く追求したくない。

  

 戦線から離れた朝比奈さんはほっとした様子で観客にまわり、子供たちの応援を始めた。穏やかな秋風に朝比奈さんの亜麻色の髪が流れるように揺れうごくさまはちょっとした印象派の絵画のようでもある。美しい。未来人は全員こんな容姿なんだろうか、などという心地よい妄想に浸っていたかったけれど、ハルヒの食欲を満たすという当面のミッションがある以上、こうしているわけにもいかない。

 燃料は用意してきた廃材では足りなさそうで、古泉と二人でそこらの流木を拾ったりしている内に、もう太陽は中天にさしかかっている。


 チームの組替えなのか、ボールを打つ手をやすめてハルヒが近づいてきた。

 ミニバレーで動き回ったせいだろう。ほんのり上気した表情からなんとなく期待のようなものを漂わせつつ、さっと食材とたき火に目をやった。

「キョン、食事の準備はどうなったの」

「もうしているだろうが」

 ハルヒはたき火を起こしている俺の横にすわった。ちょうどいい具合に岩があってぴったり俺と並んでしまう。

「キョン、ちょっと狭いわよ」

「いきなり寄ってきて何だよ」

 俺の抗議など聞こえぬ風で、

「あんたもさ、炊事洗濯すいじせんたく身の回りの清掃とかをきちんと出来るようになっとかないとね。部室でもたまにはみくるちゃんのかわりにお茶を淹れるくらいのことはしなさいよ」

 朝比奈さんにばかり任せて申し訳ない気持ちはあったが、なんで俺がここでハルヒに家事を推奨すいしょうされねばならんのだ?

 ハルヒは素知らぬ顔で薪を火にくべている。

「あたしもずっとあんたのそばにいるわけにも行かないし」

「え」

 ハルヒは鼻先でふふん、と笑って勢いを増す炎を眺めている。

 ……俺の首筋をひやりと何かが触れて消えていく。



「ところで今日の昼ご飯はなんなの」

「カレーだ」

「カレー? ここまできてインスタントカレー? まさかお湯で暖めるやつとか」

「だから、ちゃんと食材は準備してきたって」

「ま、いいわ。外で食べるカレーもたまにはいいかもね。早くしなさいよ。もうとっくに昼なんだから」

 さっきの独り言のような言葉はすっかりどこかへ霧散して、ハルヒはパーカーの裾を風に揺らしながら川バレーの子供たちに合流しにいった。

 なんだろうね。あいつは。

 古泉が柔らかい笑みで俺を見つめいるのに気がつく。訳知わけしりり顔はやめろ。



 野菜や肉は母親に下ごしらえしてもらっている。そんなに時間はかからない。例のサツマイモはぶつ切りにしてジップロックに入れてある。

 あっ……。古泉。おまえ、米とかもってきてないか。

「食材担当はあなたのはずですが」

 って俺のせいか。じゃカレーだけ?

「ご飯がないので、薄めにしてカレースープにしては」

 これが、SOS団きっての知恵者の答えにしては情けない。

 水っぽいカレー。ご飯なし。ちょっとやばすぎないか。

 俺はこれまでハルヒに起因する幾多の危機に直面してきたが、これは中でも上位ランクに位置する。飢えたハルヒに乏しい食料、で原因は俺ときている。


「あの、私もすこし準備してきたの。もしよかったら」

 応援からはなれた朝比奈さんが、もってきた紙袋から魔法のように取り出したのはおにぎりだった。まさに救いの女神だ。

「おかずはもってこなかったけど、ごめんなさい」

 なぜそこで謝るんですか。ありがたい。だが、冷静になってみればこれから俺と古泉が遭遇するかもしれない事態に比べればおにぎり十個ではちょっとという思いが一瞬浮かんだ。この贅沢ぜいたく者め。

「おにぎりくらいなら涼宮さんもきっと許してくれ……」

 朝比奈さんの言葉は、川のずっと上流からの遠雷えんらいの響きで途切れた。山鳴りだろうか?

 空は相変わらず雲一つない快晴である。

 朝比奈さんは山の端を見つめ黙ったままでいる。古泉は作業中の手を止めて――そういえば調理を任せっきりだった――俺の顔を見た。

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