第2話 つむじ風

「岡部のやつ、風流ってものがわかんないのかしら」

 そろって職員室から出る俺とハルヒだった。勢いよく職員室ドアを閉め、憤懣ふんまんやるかたないハルヒの足音は荒い。

 もちろん俺も大目玉を食らった。チクったのは俺じゃないぜ。だれが共犯扱いされるためにチクるものか。

 まあそれでも昨年四月のバニースーツ事件ほどの荒れっぷりでもなく少しはまともになったのかと、勝手に想像する俺だった。

 ハルヒは教室に用があるとかで途中で分かれ、俺は部室に向かった。



 机にはサツマイモがスーパーの袋に入れておいてある。結構な量だ。ここで焼いて食うわけにもいかない。

「どうします、これ?」

「あのう、あたしが持って帰ってスイートポテトを焼いてきます。明日のお茶菓子にしませんか」

 朝比奈さん手作りのお菓子? 俺と一緒に作りませんか? 朝比奈さん家で。

 ……と言いかけた俺はドアに近づく気配で口を閉じる。


「よっ! またSOS団が何かやらかしたみたいだねっ!」

 一陣のつむじ風とともにかろやかにドアを開けたのは鶴谷さんだった。よかった。朝比奈さんのほかに部室の気温をいい感じであっためるのはこの人だけだ。SOS団の名誉顧問みたいなものだから入室は自由だが、ずいぶんしばらくぶりだった。

「またハルヒが……」

「いいっさ。あたしのかわりにこの旧弊な学校を沸かせてくれるんで退屈しないよ」

 ここまでポジティブなハルヒ評もないだろう。まったく懐の深さに感服する。

 朝比奈さんはトコトコと窓際の物入れに向かい、来客用の茶碗を用意している。重そうな美術系の大型本を手にした長門はちらりと鶴屋さんを観察するような眼差しを一瞬投げてまた読書に戻った。

「あ」

 いつの間にか、鶴屋さんは俺の間合いに踏み込んでおり、いかなる剣豪と言えども一撃即死せざるを得ない距離に眩しい笑顔と深い知性が潜んでいそうな大きな瞳がある。思わず俺はへたりこむ。

「キョンくん。今週の日曜日、一緒にお出かけしないかい?」

 何ですか突然? もちろん鶴谷さんのお誘いとあらば、喜んで。

 いや、これは俺個人に言っているのではなく、団として鶴谷さんの申し出を受けるか否かということなのだ。一瞬勘違いした俺がバカだった。身のほどをわきまえろよ俺。

「鶴谷さんが暖めている企画でもあるとか?」

「古泉君みたいに凝ったことは出来ないけどね。中間試験も終わったし、ちょっと出かけようかと思ったのさ。でも一人で自分ちの山に登ってもつまんない。それでさ、さわやかな渓流で食欲の秋を満喫まんきつしようって寸法なんだけど、どうかなっ?」

 俺の隣に座った鶴屋さんは朝比奈さんから茶碗を受け取って、碁盤に向かって沈思黙考している古泉をチラリと眺めた。

 話すあいだも動きをやめない長い髪にみとれつつも、俺の答えは一つ。むろん是非もない。

 と、ドアが勢いよく開いて、せっかくいい感じなのにハルヒがやってきた。

「あ、鶴谷さんいらっしゃい。何か聞こえてきたけど食欲がどうかしたの?」

「週末に川遊びというか、お出かけしようかって話だよ。外で食べるお鍋なんかおつでいいかもね」

「それもいいわね。ただし……」

 ハルヒは口元をちょっとゆがめてニヤリとした。その大きな瞳は俺の額のあたりをひたとねめつけている。なんかくらっと来た。悪い意味でだ。


「あたしたちは手ぶらでいかない? 当日の調理は男子に任せましょ。女子が準備するのが当たり前だなんて、たっぷり百年は時代錯誤じだいさくごだわ。たまにはあんたが作りなさいよ。当然、それなりの水準じゃないと罰金だから」

 また余計なことを言いやがる。朝比奈さんのお手製弁当を期待していたのに。現地で調理だと? 食材も現地調達じゃないだろうな。野草鍋とか? 食えるかそんなもん。

「あんたが是非にと懇願こんがんするなら買い物くらいは手伝ってあげないでもないけど、ちょっとお高くつくかもね。でも運搬と調理はやってもらうわ。決まりね」

「あのぅ、あたしもお手伝いしたほうが……」

「だーめ。今回は女子完全フリープラン食欲の秋ツアーになったの」

「これは楽しみだっ。キョン君、期待しているよ。じゃ日曜の朝八時、駅前集合ねっ。みくる、お茶おいしかったよ。それじゃっ」

 鶴谷さんはまた髪をふわりと泳がせ、謎なパフュームを振りまいて部室を出て行った。

 相変わらず要点だけいって移動するのはやはり多忙だからだろう。その忙しさのどれくらいが学校生活がらみで、どれだけが鶴谷家次期当主としての修行なのかは知らない。何しろ多忙な人なのだ。

  

 ハルヒは団長席に自分の鞄を引っかけたかと思うとパソコンを起動した。間髪入れず朝比奈さんが団長三角錐のうしろにお茶をおく。

「キョンと古泉君はちゃんしたメニューを考えておいてね。変なもん作ったら全部あんたに食べてもらうわよ」

 何で失敗したら俺だけバツゲーなんだよ。俺は碁盤に向かっていたエスパー少年に声をかけた。

「古泉、お前は調理に自信あんのか」

「古泉君に丸投げしないの。二人で考えなさいよ」

「僕は料理本を読みながらなんとか、と言うレベルですが」

 古泉とは何度もいっしょに飯を食った仲だ。駅前喫茶店に始まって、朝比奈さんのお弁当や、鶴谷さんちの花見で結構なごちそう食ったし、年末の鍋も一緒につついた。

 けれど、こいつの嗜好しこうがさっぱり解らない。ハルヒや朝比奈さんに勧められたものを喜んで食べているように見えるが、本当に美味いと思っているのかは疑問だ。こいつが何かをむさぼり食っている状態というのが想像できない。

  

「なんかお前の好みがあったら考慮してやってもいいぜ」

「川辺で一緒に食べられるものといったらなんでしょうかね」

「季節的にきのこ狩りして、きのこ汁なんていいわね」

 で、夕刊にきのこ中毒の記事が載るわけだ。お前と長門だけは何ともないってオチでな。だいたいお前に聞いてない。俺たちに任せるんだろ?

「ネタがないなら、ほら、この献立サイトみて考えなさいよ。全員で食べるんだから鍋系は強く推奨すいしょうってとこね」

「鍋物は冬向きという気もしますが」

「朝比奈さんはリクエストとかあります?」

「えっと、ご飯はキョン君にお任せします。デザートは紅葉を見ながらおいしい和菓子とお茶を一服、なんてどうでしょうか」

 デザートは俺の一存により即決で採択された。異議は認めない。


「長門はなんか食べたいものがあるか?」

「ない」

 だよな。これは訊く人選を誤った。三人とも俺にお任せかよ。たまには自己主張するべきだろ。得に朝比奈さんは。

「じゃ、あたしも考えるから、できるだけ団長の意向を尊重しなさいよ」

 それからはマウスを転がして聞いたことのないような献立をチョイスするハルヒと俺の間で喧々囂々けんけんごうごう、古泉がときおり茶々を入れるだけで結論はでない。


 結局、メニュー決定は俺に投げられて今日はお開きとなった。

 たかがピクニックの昼食メニューなのに、まとまらないのはハルヒが俺に難易度の高いやつを作らせてコケにしたいからに違いない。

 あるいは難度の高い外国料理を失敗しかけた俺の背後から、

「しょうがないわね! ほれ、こっからはあたしがやるから!」

 みたいな展開で超絶激ウマ料理を作り上げ、鶴谷さんや朝比奈さんが絶賛する中、立つ瀬ない&やるせない俺、というクソ展開が予想される。


 ……たまには俺だって朝比奈さんからほめられたい。



 献立メニューを思案しつつ帰宅すると、妹が待ち構えていた。

 まさかとは思うが、やはりそのまさかだった。あの女がすでに連絡しやがったのだ。当日、オプションで妹同伴がすでに決定していた。俺に断りもなく、だ。当人は、ひさびさに朝比奈さんといっしょに遊べると聞いて、いてもたってもいられないようだ。小脇に強くかかえこまれたシャミセンが猫語で苦しそうに抗議しているのも気がつかないようで、

「えっ、キョン君がご飯作るの? ……やめようかな」

 とはなんだ妹よ。


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