26-4
彼の瞳を見つめた。
満面の笑みが輝いていた。
たくさんの思いが込められた透き通る雫が、その心からとめどなく流れていた。
「私も、メイルのことを心から愛しています」
「ありがとう。その言葉、一生大事にするよ」
「こんな私でよかったら、ずっと側にいてください……」
涙に濡れたお互いの顔を向け合いながら、声を出して笑った。
分かりきっている気持ちを言葉で確かめ合っただけなのに、なぜか気恥ずかしくなって目をうまく合わせられない。彼はまたはにかんで頬を赤くした。
「なんだか変な感じだな」
「でも、メイルのその笑顔が一番好きだよ」
私は刀からそっと手を離して、彼に向けて両腕をめいっぱいに広げた。
笑顔でそれを認めると、彼も刀から手を離し私の身体を持ち上げるように抱き寄せる。
「……これが終わったら」
涙声でほとんど聞き取れない。
それでも黙って、彼を見続けた。
「……二人の未来作ってさ、世界一幸せになろうな」
私は大きく頷いた。
言葉では表現できない気持ちを、この全身に込めて。
彼の思い、彼の夢、彼の愛、彼が残す記憶……
その全てを心で受け止めたかった。
明日の私よりも、今の私を全力で愛してもらいたい。
「……いいか。いくぞ!」
「うん!」
今度は互いの意志で刀を掴んだ。
二人の両手に力が込められ、刀はゆっくりと台座に食い込む。
……それは、静かに下へと向かって切れていき、二つのアイテルが刀身に込められると、船全体を切り裂いていった。
部屋の周囲が尖った音を立てて次々と破裂していく。
爆発によって放たれた閃光は、私達を祝福しているかのように光り輝いた。
「マーマロッテ」
「メイル」
私達は刀から手を離して向き合った。
船全体が黄色い光を発しながら爆発する。
欠片の一つ一つが一瞬にして燃焼を終え、静かに拡散していく空間。
そして、地球を流れる大きな心が新しい世界へと塗り変わる瞬間。
私達は、そっと口づけを交わした。
初めてした時よりも、優しくて甘くて、不器用なキス。
口元から感じる少し切ない彼の心を、まだ生きているこの身体が受け止める。
「うちに、帰ろうか」
「そうだね。帰ろう」
美しい青と白の曲線を眺めながら私達は降下した。
帰りは自分が飛ぶと言ってきたので、全身を彼にゆだねる。
雲を突き抜けた先は、夜の空になっていた。
眼下は真っ黒に塗り固められていて、底のない空洞を落ちているような感覚。
しばらくして目が暗闇に慣れてくると、そこは見慣れた風景に変化していた。
「そろそろ着くから速度を落とすよ」
彼は暗い森の最頂部に照らされている光のある方向へと降りていた。
そこは、私もよく知る場所だった。
「あそこはリムスロットじゃないよね」
ゆっくりと地上に着地した。
そこはゾルトランス城だった。
正門は閉じられていたが、上階から漏れる光で彼の姿をほのかに感じることができる。
彼は、私の正面に立って俯いたまま口を開かなかった。
「ここで、いいの?」
「ああ」
「私さ、地下都市のみんなに会いたいんだよね」
「だろうな」
「ねえ、どうしちゃったの? なんか変だよ?」
「大丈夫だ。リムスロットの連中は今も元気に暮らしている」
「ううん。そうじゃない。だって私達の家はあそこだよ」
「なあ、マーマロッテ」
「なに?」
「お前は今日から、ここで暮らすんだ」
「え?」
「……そういう運命を、自分で選んだんだろ?」
私が犯した重大な罪を彼が知っていたという事実に気づくには、その一言で十分だった。
できることなら聞きたくなかった言葉。
彼にだけは、後悔させたくなかったのに。
「……あ、あの、ね」
「安心しろ。俺はお前を見捨てたりはしない。たとえ離れることになっても心はいつだって側にある」
「あのね、私ね」
「もうなにも言わなくていい。もう、いいんだよ……」
「……私……私」
「だからもう、なにも言うな!」
無造作に抱きとめられた。
そんな彼の胸は、悲しみで満ちていた。
「……メイル」
「どうして話してくれなかったんだよ!」
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい!」
「……マーマロッテ」
「……怖いよ。メイルと、離れたくないよ……」
「いつも言っているだろ。どんなことがあっても俺達は変わらないんだ!」
「嫌だ! 嫌だよ! こんな終わり方なんてしたくないよ!」
「俺だって、耐えられないよ……」
「……ねえ、ずっと、こうしていて」
「ああ、ずっとこのままだ!」
「私が目を閉じても、ずっと、このままだよ!」
「約束する。だから、もう泣くな!」
彼の温かい身体に包まれて、絶望の睡魔が襲ってくる。
これで最後になるかもしれない。そう思うと、急に自分が彼から剥がされていくような気がした。この身体から意識が飛び出してきそうで、それを食い止めようと思いっきりしがみつく。
前に感じた苦しさはない。
これが本当の死なのだろうか。
どことなく安らぎを覚える。
それはもしかしたら、彼の胸に顔を埋めているからかもしれなかった。
(……)
眠りへ向かおうとする瞼が、意思に関係なく下りていく……
もっと話がしたかった。
聞いて欲しいことがたくさんあった。
昔話をもっと聞きたかった。
優しい笑顔を、ずっと見ていたかった。
……彼を、いつまでも愛していたかった。
「……メイルの心臓、あったかい」
「ああ」
「……未来が、見えるよ」
「ああ!」
「……世界がね、一つに繋がっていくんだ」
「ああ。ああ!」
「……みんな、幸せそうな顔してる。……あなたもいるよ」
「もういい。もういいって!」
「……子供達がね、草原を元気に走ってるんだ。……とっても可愛いよ」
「マーマロッテ! マーマロッテ!」
……あなたと、春の風、感じたかったな。
彼の咽び泣く声が聞こえた。
強く結ばれたその心は、どこまでも朗らかで、どこまでも眩しかった。
空よりも美しく、海よりも優しく、大地よりも強く生きた人。
最後まで幸せだった。
彼のおかげで人生を完結することができた。
恋を教えてくれて、愛を教えてくれて、命を教えてくれた。
本当に感謝しかない。
ありがとう。メイル。さようなら。私の全て。
またいつか、どこかで会えるといいな。
私、絶対に憶えているから。
だから、あなたも……
意識が途切れる寸前に見えたのは、森の中で初めて出会った彼のやんちゃな笑い顔だった。
近づいて声をかけようとしたが、彼の顔は歪んだ笑顔となって霧状に飛散していく。駆け寄ろうとして足を踏み出すと、森は暗闇に包まれて私もその場所から散らばってどこかへいってしまった。
これが、目を閉じる前に見た彼の最後の記憶となった。
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