26-3



「……メイル。あなたには心から感謝してる。私がこの場に立てたのはなにもかもあなたのおかげだよ。本当にありがとうね。これで最後になってしまうのはとても悲しいけど、あなたが命を懸けて守りたかったもの、私が叶えてあげるから。またこの世界で会う日まで、側で見ていてね。約束だよ」



 身体ではなく心で飛び上がる。

 軽く浮いた視界に捉える黒い球体。


 いなくなっても彼を離さないように、胸の中で抱きしめた。

 一発で終わるように、渾身の力を込めて。



(……女王アシュリの支配からの脱却。これにて完了)



「……ありがとう、私を信じてくれて。……ありがとうね。メイル」


 そして、彼の人生を閉じた。




 全てが終わった。

 私達の命と引き換えに地球とそこにいるみんなの未来が守られた。

 これでようやっと、自分の人生に意味を持たせることができた。


 ここを出ようと思った。

 残り少ない時間を有効に使いたい。


 だから私は、入り口に向かって歩いた。


「?」


 後方からの異音。

 それはとても小さな音で、おそらく砕け散った球体を踏みつけた音だった。


「……しかし、そなたの行動には毎度意表を突かれる。まさか本当に破壊してしまうとは」


 オントは活動を続けていた。

 まるで何事もなかったかのように、こちらに近づいてくる。


「今、破壊したものは本体ではない。爆破を命令するためだけの装置だ。騙してしまって申し訳ない。これもそなたのためだったのだ。諦めて帰ってくれることを期待していたのだが、非常に残念な結果だ」



 ただでさえ白い部屋の中がさらに真っ白になる。



 なぜこいつは動いているのだろうか。わけが分からない。

 そもそも、この期に及んで敵を騙す意味があるのだろうか。

 こいつは、本当に機械なのだろうか。


 怒りや悲しみといった、人らしい感情はもうない。

 胸の中にかろうじて残っていたものは、とっくに抜け落ちていた。


「我の完敗だ。さあ、あとのことは好きにしてくれ」

「もう、どうでもいいよ……」

「ふん? 今なにか言ったか?」

「こんな世界、もうどうだっていいと言っているんだ」

「それは要するに、そなたを殺してしまってもよいということなのか?」


「ええ。そうよ」

「なんということだ! 理由は分からぬが勝ってしまった。これはよい知らせだ」

「……早くしてくれない? 待っているんだけど」

「おう、それはすまぬことをした。では、ここまで来られたそなたにささやかな敬意を表して、苦しませずに殺してやろう!」


 オントは心を躍らせたような表情をして攻撃の構えを向ける。

 私は立っていることも嫌になり床にへたり込んだ。

 目を閉じて覚悟を決める。


 彼がいなくなってしまったことで心の中は城を抜け出した日に戻っていた。

 自分はもう世界に必要とされていない。それは見放されたというよりも、裏切られたという感情だった。



 遅かれ早かれ私もこの世を去る。

 ならば、先に行ってしまったほうがいい。



 結局、彼を苦しめてばっかりだったな……




「……ったく、開けよこの野郎があああ!!」




 入り口の扉が物凄い音を立てて吹き飛んだ。

 思わず後ろを振り向く。

 その直後、開けた入り口の先から鋭いなにかが飛んできた。

 行き先は、オントの胸だ。


 貫いた刀はオントの身体ごと壁に突き刺さり、小刻みにしなる。

 ……。

 すると私の肩に、温かい手が置かれた。



「絶対に諦めないんじゃなかったのか?」



 振り向いた先に立っていたのは、いなくなったはずの彼だった。



「ど、どうして!?」

「俺の胸の中の機械はお前がジュカに行っている間に取り除いていたんだ。訓練の邪魔になると思ってな。今まで黙っていてごめん」

「……聞こえていたの?」

「ああ。どういう仕組みなのかは分からないが、ここに入った時からお前達の会話はこの船全体に流れていた」

「そっか。全部、聞いていたんだ」


 メイルが生きて、ここにいる。

 言葉にならない感情が押し寄せてきて、目の奥が死ぬほど痛くなった。


「辛い想いをさせてしまったな」

「……よかった。よかったよ……」


 世界は繋がっていた。

 たとえこれが夢の出来事であったとしても、私には幸せすぎる再会だった。


「あのな、今ルウスがここに囚われているカウザの人間を俺達の乗ってきた船に乗せているんだ」

「知ってる。私もさっき会ったから」

「そうだったのか。でな、早いところここを壊してしまいたいところだけど、救出が終わるまでは迂闊に動かないほうがいいと思うんだ。特にお前のアイテルではこんな船一瞬で壊れてしまうだろうから」

「でも、どうするの? あいつ、きっとまだ生きてるよ」

「マーマロッテ、お前はここで見ていろ。オントは俺が相手をする」


 彼は離れる前に私の頭をくしゃくしゃに撫でた。そして私の顔が笑顔になったのを確認して、オントのほうに歩いていった。



 活動を再開したオントは刺さった刀を自分で抜いてそれを放り投げる。

 メイルはそれをアイテルで引き寄せて右手に納めた。


「わざわざやられに来たのか」

「どうだろうな」

「このとおり、そなたの再生能力は全て解明された。その意味が分かるな?」

「どのみちあんたはここで消えるんだ。さっさとはじめようぜ」


 私は立ち上がった。

 彼の最後の戦いをしっかりと目に焼きつけて、忘れずに持っていけるように……


「さあ、来るがよい! 微塵にしてやろう!」

「面倒くさいが、お前にも心を教えてやるよ……」


 両者が全力で激突する。

 衝撃によって起こった風が部屋全体に行き渡って、私の髪が大きくなびいた。


「そなたはなぜ来たのだ? ここは危険を冒してまで来るところではないことを知っていただろう」

「知っているから、来たんだよ」

「なるほど。おぬしよりも強いあの地球の女をわざわざ追いかけてきたというわけなのだな。ふん! なんと無意味な行動よ」

「お前は本当に分からないんだな。あいつが俺にとってどれほど大切な存在なのかを」

「では、我にも分かるように答えろ。あの者は、そなたのなんなのだ?」

「……俺の、人生の全てだ」


 少し距離をとったメイルは両手に握った刀を振り下ろした。

 オントがそれを両手で受け止める。


「全てというのは、そなたの命よりも大事なものなのか?」

「命? そんな軽いものと比較するものじゃない」

「ではなんなのだ。……まさか、地球人は未だ『アイ』という不明瞭で愚昧な思想を持って繁殖していたのか!?」

「……他に、なにがあるっていうんだよ!」


 オントは受け止めていた刀を床に向けて振り下ろす。

 その力で刀の先が硬い音を立てて、折れた。


「これで終幕だ!」

「……タデマル、ごめんな」


 折れた先を放り投げたオントは表情を変えて突進してきた。

 メイルは攻撃をなんとか受け止めるが、力の差でやや押される。


「アイがあるから戦い、対象のために命を懸ける? ……くだらない。なんとつまらぬ発想! 己を守らねばその気持ちも失われるというのに!」

「ほんと、あんたには同情するよ……」


 メイルは刀を左手に持ち替えて大きく振りかぶった。

 大きく開いた彼の懐めがけてオントが拳を打ち込む。


「!!!!」


 しかしその直後、オントは体勢を崩した。

 折れた刀がオントの足首を切り落としていたのだ。


「き、貴様ぁあああああ!!」

「お前の敗因を、この一太刀で教えてやる!!」


 一瞬の隙を突いたメイルが目の前のものを高速で切り刻んだ。

 知らない言葉で発せられた叫び声が響き渡り、カタチが変わっていく……



 そして部屋に静寂が戻り、オントは消滅した。



「……これが、星の愛なんだよ」



 刀を戻して歩いてくる彼に抱きついた。

 いきなり来られて驚いたのか、彼の両腕は遠慮気味に包まれた。


「また、助けられちゃった」

「この、おっちょこちょいが」

「へへへ。怒られちゃった」

「まったく、世話ばかり焼かせやがって」


 無言のまま彼のはにかむ顔を見続けた。

 これもまた、思い出にしておきたかった……


「でもな、俺の命よりも心を選んでくれて、本当に嬉しかったよ」

「とても苦しかった。こんなことは、もう二度としたくない」

「ああ。もうさせないから心配するな」

「うん。……ごめんね。ありがとうね」

「おいおい、どっちなんだよ」

「……きゃっ」


 船内に唸るような轟音が鳴り響いた。


「よし。うまくいったか」

「これ、なに?」

「ルウスからの合図だ。救出が無事終わったらしい。あとは何事もなく地球に戻ってくれれば言うことはない」

「え? あなたは?」

「俺はここに残る。最後の仕上げをしておきたい」

「仕上げ?」


 私を包み込む腕の力が強くなった。

 感情が先立ってしまっているせいなのか、やけに不器用な抱擁。

 私も、その気持ちに応えようと彼の背中を荒っぽく締めつけた。


「これからここを船ごと破壊する。手伝ってくれるか?」

「うん」


 メイルは私から離れて黒い球体が浮いていた大きな台座のほうに歩き出した。

 黙って背中の後ろについていく。

 彼が白い台座の前で止まると、私もその隣に立った。


「さっき倒したやつの動きを見ていてなんとなく分かった。これが本体だよ」

「この台が?」

「なんとしてでも守りたかったんだろうな。まるで隙だらけだった。憐れな最後だったよ……」


「これで、みんなの無念が晴らせるんだね」

「ああ。長かった……」

「お爺様も、きっと見守ってくれていると思うよ」

「託された未来を、大切にしていかないとな」

「うん。今日までの苦しかったこと、明日に伝えていこうね」


 なにもかもが、時を止めたみたいに懐かしく思える。

 私と彼を繋ぎ合わせた、この果てしない世界の遠い記憶を見ているみたいに……


「よし。やるか!」

「うん!」


 私は虹色のアイテルを放出して、宇宙空間にいた時にできた不思議な空間を自分の意思で展開した。少し大きめに作った空間に彼の身体も収める。

 彼は再び刀を抜いてそれを前方に突き出す。そして空いているほうの手で私の手を掴み刀のほうに引き寄せた。私の手は彼のもう片方の手に絡む。


「俺達で、この戦争を終わらせよう」


 彼は両手で私の片手を握り締めた。

 私も彼の手を両手で握り締める。



 「実はな、お前にどうしても言っておきたいことがあったんだ」


 「なあに?」


 「お前ってさ、いつも人の言うことを聞かずに自分勝手で、わがままで、ドジでおっちょこちょいで、のろまで、本当に困ったやつだった」


 「うん、そうだったね」



 「でもな」



 愛してるよ、マーマロッテ

 これからも、ずっと一緒にいような


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