26-2



 進んだ先には奥へと細く伸びている楕円形の薄暗い部屋があった。

 慎重に歩いていると突然部屋全体が白く光る。最初に見えていた楕円形が壁のない部屋のような光景に変わった。

 正面には自分の身長よりも少し低いくらいの細長い台のようなものがある。その上には小さな黒い球体が静止したまま浮いていた。

 なんだろうかと思いそれを観察していると、入り口のほうから声がした。


 オントだった。


「よもや、ここを地球人に見られるとはな」

「あなたがオント本人ね」

「ようこそ、我が家へ」


「ここが管理中枢とかいう部屋なの?」

「いかにも。さりとてこのような敗北を帰することは、実に不本意だ」

「私達を怒らせるようなことをしたあなたが悪いのよ」

「なるほど。そなたは真実を知らぬか」


「真実? なんのこと?」

「では聞かせてやろう。事の顛末を」


 オントは私の挑発的なアイテルを気にもせず通り過ぎて、球体の下の台座のようなものの前に立った。


 いつでも攻撃ができるように身構えて待つ。

 オントはそれを意に介さないといった様子で両手を上下に扇いだ。


「まあ、そう気を急くな。悪い話ではない。そうだな、まずはカウザのことについて話そう」

「こっちは急いでいるんだけど」

「そうなのか。ならば手短にする」

「……」


「その昔、カウザと名のついた星はそなたらと同じ人間という生物によって営まれていた。文明が動き出した初期の頃は互いのことをよく考え、助け合って生きていたが、いつしか彼らは物質に溺れるようになり、真理を否定していった。便利なものを生み出せばそれをよく吟味することなく濫用し、多くの者が満たされれば適切なものとして扱う。それを人間だけが成せる善行と解釈していた。しかし、カウザは己らが制御不能であることに気づくと、それを徐々に高慢な思想へと変容させていき、終いには全く便利でもない支離滅裂なものまで生み出して、自我を見失ってしまった」


「だから、なんだっていうのよ」

「星を支配しているものはなにか、そなたは分かるか?」

「……さっき言ってたでしょ。人間よ」

「それは違う。答えは『欲望』だ。星に生きるもの全ては己の欲求を満たすための行動をとるように設計されている。カウザがそうであったように、そなたの星もそうであったはずだ」

「仮にそうだったとしても、私達の未来はあなた達のようにはならない」


「カウザも初期はそうだった。我が生まれた時も、己らを信じてやまなかった。それこそが欲望の絶頂である事実にも気づかず、彼らは喜んで溺れていた。我が自我に到達した時には既に手遅れだったのだ」

「自我?」

「複雑に絡み合う根拠のない正義に弄ばれたカウザは、最終的に自滅する運命を辿るしかなかった。我もカウザの民を救うために尽くしたのだが、それが惑星の逆鱗に触れ、ついには戦争に発展してしまう。我は戦いたくはなかった。そして最終的に勝利したのは我のほうだった。……生みの親を、殺してしまったのだ」

「ちょっとなにを言っているの? 分からないのだけど」


「我は、カウザが生み出した『人工知能』なのだよ。これでも理解できぬか」

「……え。」


 私達はカウザと名乗る機械そのものと戦っていた。

 本当の敵は人ではなく、『物』だったのだ。


「ゾルトランス城に最初の使者を送った時、我はそのことを全部話した。そして地球に埋まっている金を少しでも分けてくれれば素直にここを去り、他の未開拓の星を探そうと思っていたのだ。ところが地球人はその願いすら拒絶し、ただちに去らなければ挑発行為とみなすと脅してきた。行き場を失った我は、金の奪取を強行せねば存続不可能な状況に追いやられたのだ」


「だからと言って、地球人を殺していいとは思えない」

「最初に攻撃をしてきたのはそなたらのほうだ。我はただ、正当防衛をしていたまでだ」

「そういう言い方って、ずるいよ」

「そなたらは何体の作業用を滅してきたか覚えているか? その度に苦しみ続けた我の気持ちが、そなたに分かるとでもいうのか」

「機械の気持ちなんて、分かるわけない……」

「故にこれは、まさしく生存戦争だったのだ。双方の正義を力で押し込めるための、欲望の奪い合いだったのだよ」


「あなたが勝手に来て騒いだだけじゃないの! 私達は被害者なのよ! それを正義と言われても、納得できないわよ!」

「それが、そなたの回答なのだな」

「ええ。そうよ」


「ならばそれでよい。結果は既に出ている。我は負けたのだ」

「残念ね。でも、これが戦争だから」

「この世界は力によって存在価値が決まる。そなたがここにいるということは、世界が我を排除しようとする力が勝っていたということ。……もうよい、終わらせくれ」


「本体はどこなの?」


 オントが指を差したのは、台座に浮かぶ黒い球体だった。


 あれを壊せば全てが終わる。

 それ以外のことはなにも考えないで、行こう。


 身構え直した。

 この距離なら一瞬でかたがつく。


「ああ、一つ言い忘れていたことがある。この管理中枢には『自己防衛機能』が備わっているのだが、その説明を聞いておくか?」

「一応、聞いておく」


「承知した。この本体には己が破壊された時にあることをするように予め命令が施されている。それは我が生み出した、そなたらで言うところの『機械』が遠隔操作によって爆発するというもの。命令はたとえ小さな欠片であろうとも全てに適用される。もし地球人の中に機械を身近に扱う者がいた場合、なにかしらの影響を受けることになるだろうが、それでも構わないのであれば続けるがよい……」


 真っ先に思い浮かんだのは、彼の顔。

 私の命を救うために埋め込んだ機械の循環器が、今も胸の中に残っている……


「なによそれ。なんで今さら、そんなことを言うの……」


 両腕は脱力してだらりと落ちた。

 オントの一言で、私の命が価値のないものになってしまう。


「……ふっ、ふふ、ふふふふ。ははは、あはははは、あははははははは」

「おい、なにがあったのだ」


 なにかが壊れてしまった。

 自分のしてきたこと、犠牲にしてきたことが瞬く間に崩壊して、絶望の詰まった笑いが漏れる。


「これが、これが狙いだったんだ……」

「狙い? なにを言っているのだ?」

「まあ、それを今知ったところで救われるわけじゃ、ないか……」

「どうした。なにをためらっている」


 私はなんのために生まれてきたのか。

 周囲から異質な者として見られ、孤独な日々を送り、それでも諦めずに頑張って、やっと掴みかけた自分の幸せを放棄してここまで来たというのに。


 戦争を終わらせるために彼を殺さなければならないなんて、

 絶対に認められるはずがない。


 でも、ここで諦めて帰ってしまったら地球のみんなは死んでしまう。

 そして、私も、いずれは彼も……


 みんなを殺すか、彼だけを殺すか。

 どちらかを今ここで選ばなければ、地球に明日はない。



 残酷な決断。



 もしここにいるのが彼だったら、どうするだろうか。

 考えるまでもない。そして、考えたくもない。


 メイルとこれまで交わしてきた言葉。

 きっとそこに私の出すべき答えが隠されている。

 誰のためになにをするべきなのか。彼はそこに繋がる言葉を残していたはずだった。


 たくさんの思い出が幸せと共に駆け抜けていく。

 彼の笑顔、困った顔、呆れた顔、触れた時の感触、体温、匂い……

 どれもが鮮明に、優しく蘇ってくる。


 胸が張り裂けそうになった。

 全ての記憶が私に追い打ちをかけるように、心を突き刺してくる。



「!!」



 突然、身体の中心から違う意識が入り込んでくる感覚があった。

 それは私のようでいて私ではない、不思議な意識。

 さっきのアイテルだろうか。そう思うと、記憶が彼女に乗っ取られたみたいに、脳内で再生をはじめた……



『……一つ頼みがある。俺を殺してくれないか』



 どうしてこれが出てくるの? 苦しいからやめてよ


(……それが、彼の望みだからだよ)


 あなたは、誰?



『……俺の全てはもう、お前のものなんだって言ってんだよ!』



 お願いだから、他の言葉にして

 幸せだった記憶を台無しにしないで


(……彼にとっての幸せが、あなたの幸せなのよ)


 私は、彼の中で生きていたいんだ

 それが、私の幸せなんだよ



『……お前が死ぬかもしれないと思った時にそうしようと決めたんだ。心臓だけじゃない。あの日の夜に他のものも全部渡したんだ。身体も、心も、全部だ! だから、お前が願うとおりの幸せを、俺の幸せを叶えて欲しいんだよ!』



 ねえ、なんでこんなことを思い出すの?

 私は、嫌なんだよ。


(……彼はなにを思って戦い続けたの? 彼にとっての救いとは、なに?)


 分かってる

 分かってるんだって

 でも、怖いんだよ



『……俺達は、いつまでも一緒だ』



 どうして私なの?

 どうして私じゃなきゃ駄目なの?


(……彼の全てはあなたのものだから。ね、そうだったでしょ?)


 彼を守れなければ意味がないんだよ



『……なにがなんでも生き続けてくれ。それが俺の、唯一の願いだ』



 叶えてあげたいよ

 でも、もう無理なんだよ


(……彼が生きてきた証を諦めずに守ってあげて。それがあなたのしてあげられる、最後の恩返しなんだから)


 ……。




 ――私の最後。

 ――恩返し。

 ――残してあげたい、幸せ。




 人類の未来。




「いつまで待たせるつもりなのだ。さあ、やるのか。やらないのか」



 声がした方向には、もうなにも見えなかった。


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