19-7
「人間じゃないと思った理由はなんなんだ? キャジュとは違うのか?」
「ああ。コルネリヤ型でないことは断言してもいい。となると考えられるのは人間を再構成したか、人間の形を一から作り出したかのどちらかになるだろう。だがあれをカウザの機械と呼ぶにはいささか自信がない。見たことのない型式だからな」
「確証が持てない以上やつを機械と断言できないし、かといって人間とも断言できない。破壊することと殺すことでは全く意味が変わってしまうからな。なにも起こっていない今は下手に動けないというわけか」
「とりあえず、今晩もタデマルを家に泊めて説得しようと思っている。丁度一人で心細かったからな。嫌がっても入れてやるつもりだ」
「そういえば、昨日はどうだったんだ? タデマルと一緒だったんだろ。こいつに聞いてもなにも教えてくれないんだよ」
「メイルが心配に思うようなことは起こらなかったから安心していいぞ。なんでもあいつは私みたいに乱暴な言葉を喋る女とは寝たくないのだそうだ。単純で可愛いやつだったさ。夜は相当ふてくされていたぞ」
それからもう一度話を整理して、俺達はライジュウを監視する人間が一人いたほうがよいのではないかという結論に達した。そこで監視役を誰に務めてもらうかについて彼女達は頭を悩ませていたが、俺にはある人物が頭に浮かんでいた。
三人でその人物の家を尋ねると、老人は目を輝かせてその依頼を受けてくれた。
「しかるにメイルよ、おぬしのお嫁さんはどちらのご令嬢だったかのう?」
マーマロッテをゲンマル爺さんに紹介すると、顔いっぱいに皺を作って彼女の手を握った。ありがとうと繰り返し感謝する老人の姿は、俺を育て上げた親としての幸せで満ち溢れていた。
込み上げてくるなにかがあった。人として生きることの意味を、この小さな老人が語りかけてきているようにも感じた。うまく表現できないが、そこに俺達の理想の未来があるように思われた。
「じゃあ、爺さん。明日からよろしく頼むな。キャジュに近づいてくるようだったら、手を出さずに彼女をレインのところに連れて行ってやってくれ」
「ふむ、任されたぞい!」
キャジュを自宅の倉庫まで送るとタデマルが外で待っていたので、俺達はそこで別れて夕食を摂り、家に帰った。夜の九時が過ぎていた。
さて、いざ二人きりになってみると、どういうわけかマーマロッテは珍しく大人しかった。いつもだと玄関を抜ければすぐに抱きつかれてあれがはじまるのだが、今日はそれが来る気配もない。
俺から来て欲しいのだろうか。逡巡していると彼女は寂しそうに目を細めた。
「キャジュのことを考えていたら、なんだか悪い気がしちゃったんだ」
「お前らしいな。でもそれでいいと思うよ。俺達にとって大切なのは身体の関係だけじゃないからな」
「だけじゃない、てところが、なんかいいね」
「なあ、マーマロッテ」
「なに?」
「い、いや、なんでもない」
「どうしたの? すごく気になるんだけど?」
「あの、なんていうかな、お前が側にいてくれてかなり助かるというか、その、これからもよろしくな」
「どうしたの? 急にあらたまっちゃって。変なメイル」
「ちゃんと守ってやるからな。悲しませたりはしないからな」
「……うん。私、あなたがいないと本当に壊れちゃうんだからね。ずっと側にいてくれなきゃ、死んじゃうんだからね……」
寝台に座る彼女の肩をそっと抱いた。俺の肩に寄り添った彼女の髪からは洗いたての匂いがした。衝動的に顔をうずめて柔らかな感触を楽しんでいると、くすぐったいと言われたので、大袈裟に顔を揺らしてもっとくすぐったくさせてやった。
半分嫌がっているような笑顔を見せてきた隙を突いて、俺はあの八重歯を全快で見せてやった。沈みかけていた彼女の表情からいつもの笑顔が戻った。
「あのな、実は一つ困ったことがあるんだ」
「どうしたの?」
「俺さ、あいつに言っちゃったんだ。今日お前とやるって」
「え?」
「ごめん。余計なことをしてしまった。お前にも恥をかかせてしまってすまないと思っている」
しばらく無言で俺の目を見つめていた。事情を話さない理由を考えているのだろうか。それとも、目の前にいる無神経に呆れてしまったのだろうか。
答えは、言葉ではなく行動で返ってきた。
強く抱きしめてきた彼女の胸は、その感情に合わせて小刻みに震えていた。
「もう、無理しちゃ駄目だよ」
「ごめん。本当に、ごめんな」
「私のことなら大丈夫。全然気にしてないから」
「本当か?」
「なんだったら明日みんなに喋って回ろっか。私達はしましたよー、て」
「どうしてそうなるんだよ」
「だって、嬉しいじゃん。嬉しいことをみんなに話すのって、おかしい?」
「おかしくないけど、つうか、おかしいだろ。聞く側にしてみたら今後の対応にも困るだろうし」
「へへへ。やっぱしそうなるか」
「なるなる。絶対になる」
「でも、ありがとうね。私のために言ってくれたんでしょ?」
「まあ、そういうことになるのかな」
「私のほうこそごめんね。あんなに駄々こねてたのに」
「どうする? あいつに聞かれたら嘘をつくか?」
「ううん。その時は正直に話す」
「また言い寄られるかもしれないぞ」
「……平気だよ。だって、あなたが側にいてくれるんだもん」
彼女の固い意思は包み込んだ俺の胸の中で揺らぐことはなく、その日の夜もいつものように過ぎていった。繊細でありつつも逞しい彼女を傍らで感じながら、俺は眠れる夜に今日も感謝した。
目を閉じた瞬間にやつが言い放った言葉が蘇ってくる。すやすやと寝息を立てる彼女を眺めていると、タデマルの言い分もあながち偽りではなさそうだと思った。
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