19-6
「おーい、レシュア、メイル。探したぞ。夕食にも来ないでどこ行ってたんだ」
風呂に入っていた俺達は自宅に帰る途中でキャジュに声をかけられた。例の一件のおかげで団体行動を制限されてしまったので、それならばと二人だけの世界を満喫していたのだった。
「飯はこれから行こうと思っているけど、なにかあったのか?」
「ああ、二人に急いで知らせたいことがあるんだ。そうだな、できることなら家の中で話をしたいのだが、二人の時間を横取りするのもなんだか悪い気がする。食堂に行くならそこで話そう。ついていっても構わないか?」
キャジュはどこか落ち着かない様子だった。俺達はそんな彼女の不安げな表情に言いようのない危機感を覚えて、夕飯を後回しにすることにした。
食堂に着くと、夜の八時を過ぎた堂内は閑散としていた。
適当な場所を決めて俺達とキャジュは向かい合って座る。いつも見せてくれている特徴的なおっとり顔は、目の前の女性からは消えてなくなっていた。
「いきなり押しかけてきてすまなかったな。どうしてもお前達に伝えておきたかったんだ」
「良い知らせではないみたいだな。もしかしてタデマルのことか?」
「ああ、あれか。全く関係ないことでもないのだが、とりあえず今から言うことを落ち着いて聞いてくれ。昨日の防衛の後に回収した男がいただろう。名前は、そうだ、ライジュウだったな。で、そいつのことなんだが、妙なんだ。どうもやつは人間ではなさそうなんだ」
「人間じゃない? 中に違うものが入っていたのか?」
「まだ分からない。現時点ではっきりしているのは、ただの人間ではない可能性が非常に高いということだけだ」
マーマロッテのほうを見るとこちらに向けて首を横に振ってきた。
「根拠はあるのか?」
「ああ。スクネがやつの顔を見て急に泣き出してしまったんだ」
「かなりの強面だったとか、そういうことじゃないんだよな。……『お前』は、回収の時に顔を見たんだろ? どんな感じだったんだ?」
人前でマーマロッテと呼べないことは、自分の未熟さを露呈しているみたいでなんだか嫌な気分だった。彼女とよく話し合ってそうすることに決めたのだが、意識されていると感じた時の彼女の顔は決まってよそよそしいものになった。
「ええと、普通だったかな。怖くはなかったと思うよ」
「私も一度だけ顔を合わせたがそうは見えなかった。けれどな、問題はこの先なんだ。よく聞いてくれ。スクネはな、やつの顔を見て『わるものがきた』って叫んだんだよ。なにか心当たりはないか?」
スクネが急に泣き出す。わるものがきた。
考えられることは、おそらく一つしかない。
「地下都市アレフでスクネと初めて出会った時にその言葉を聞いたよ。都市の住民を殺したやつのことをそう呼んでいた。俺はてっきり機械兵がやったのかと思っていたが、もしそのライジュウとかいうやつがアレフを壊滅させたのだとしたら、これは緊急事態だぞ!」
「……おいメイル、声が大きいぞ! もしやつがこの会話を聞いていたらどうするんだ!」
俺とマーマロッテは咄嗟に周囲を見渡した。怪しい男はいないようだった。
「でも、スクネちゃんが勘違いしてる可能性もあるんだよね?」
「やっぱりレシュアもそう思うか。そうなんだ。一応レインとライダーにも報告はしてある。ただな、タデマルがまるで言うことを聞いてくれない。ライジュウの拘束を断固として反対しているんだ。罪のない住民を閉じ込めるのは倫理に反する行為なのだそうだ。まずはお前自身の倫理を見直せと言ってやったら、癇癪を起こされてしまったよ」
隣から子供のような笑い声が小さく漏れた。
俺はそんなマーマロッテの愛くるしい様子をしばらく堪能したかったが、質問を続けることにした。
「要するに、今は野放し状態というわけなんだな?」
「そのとおりだ。まあ、お前達に身の危険が及ぶことはないだろうが、住民にとって危機的状態であることは確かだ」
「やつは、カウザと関係があるのだろうか?」
「それなんだがな、ライジュウは私を見て変なことを喋ったんだ。その言葉の意味からして、たぶんやつは私を追いかけてここに来たのではないかと思っている」
「なにを喋ったんだ?」
「たった一言『みいつけた』と呟いたんだ。なんだか気味が悪くてな、その時はレイン達も近くにいたから平気だったが、今になって思うとぞっとする出来事だった」
マーマロッテが俺の右腕にしがみついて恐怖を訴えてきた。
俺もなにかにすがりたい気分だった。
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