20-1 マーマロッテside 恋人たちのきらきら / floating black tears
私達が戻ってくるとそこは血に染まっていた。恐れていたことがとうとう起きてしまったのである。
スクネを最後まで庇い続けたタデマルは大量の血を流しながらぐったりしており、キャジュはそんな彼を抱きしめて声を張り上げていた。
彼女の瞳から流れる涙は、目を閉じたタデマル達へと零れ落ちていた。
「……口だけ偉そうなこと言いやがって! そんなんじゃお前、本当に格好良くなってしまうじゃないかよ! どうしてくれるんだ! 返事しろよ! 私のこの気持ちに、責任をとってくれよ!」
シンクライダーは疲れきった身体など関係ないと言わんばかりに駆け込むと、すぐにタデマルとスクネの止血をはじめた。レインは大の字に倒れ込んだライジュウの様子を見て問題ないと判断したのか、負傷者を医療室に運ぶよう指示した。
「私はこれからメイルを連れて彼らの治療をはじめるわ。あなた達には悪いんだけれど、念のためにもう少しここを見張っていて頂戴。いいわね?」
そう言うとレインは農地区域のほうに飛んで行った。
私とロルは赤く染まった部屋の床に張りついた得体の知れないもののために、ここから離れられなくなってしまう……
なぜこうなってしまったのか。私は動かないだろう人の形をした塊を監視しながら、その経緯を思い出していた。
――事のはじまりは、今朝の出来事がきっかけとなって起こる。
交信機の呼び出し音で目を覚ました私は、急いで彼の目を覚ましてあげた。
息苦しそうな顔をして目を開けるのをいつもどおりに楽しんでから朝の挨拶をする。今日は特に男らしい顔をしていたので、追加でもう一回してあげた。
「どうした。誰かに呼ばれたか?」
「うん。ちょっと、あの人に」
「タデマルか。だったら丁度いいな。ついでだから今日はそっちに行けないことを伝えておいてくれないか?」
「なんか、忙しくさせちゃってごめんね」
「いいんだ。それよりも用心しろよ。なにかあったらすぐに来い。俺がぶっ飛ばしてやるから」
「うんっ」
農地区域の作業が非常に重要な時期に差しかかっているのだそうで、地下都市代表直々のご指名が入ったのだった。
「それじゃあ昼の一時に、食堂でな」
「おいしいもの作って待ってるからね」
医療室に入ると、シンクライダーとタデマルが楽しそうに会話をしていた。生活着のままで来たのが不満だったのか、タデマルはつまらなそうな目つきでこちらを見ていた。
私は二人の会話の邪魔をしないように控えめな挨拶をしていつもの場所に腰掛ける。するとなぜかシンクライダーは気まずそうな顔をして監視室の中に入ってしまった。
「やあ、よく来てくれた。ま、そのへんに掛けたまえ」
「用件はなんでしょうか」
「そう固くなるな。悪い知らせではない。例の所在不明の男についてだ」
昨夜も共に過ごしたキャジュからライジュウを拘束するように強く言われたみたいで、やむなく対応することにしたのだそうだ。ただし完全に拘束するのではなく、軟禁に留めるということでお互いの要望を譲歩し合ったらしい。
「たった今、レイン・リリーとロル君がライジュウを運びに出て行ったところだよ」
「場所の確保はできたのですか?」
「当然だ。リムスロット代表から許可をもらい、空き倉庫を確保したよ」
「もしかして、キャジュの自宅の近くの、ですか?」
「他に入れておく建物がなかったからね。僕としても苦渋の決断だった」
なにかがあってからでは遅い、と言いかけた。だがタデマルなりにキャジュのことを思って行動した結果でもあったので、そこまでの言及は不要だと考えた。
……意外にいいところもあるんだ。
……ちょっとだけ見直したかも。
私はタデマルの常識的な行動のみに対して心から礼を述べた。
思いがけない言葉をかけられて余程嬉しかったのか、傷んで千切れてしまうのではないかと思うくらいに前髪を弄って、もはや自慢で散らかりまくったその美顔をこちらに見せびらかしてきた。
「ご報告ありがとうございました。それでは、私はこれで」
「おいおい、ちょっと待ちたまえ」
「なんでしょう。急いでいるのですが」
「……昨晩の彼とのこと、聞かせてくれないのかい?」
……やっぱり、こうなるんだよね。
「はい、お話しすることはなにもありません」
「冷たいねえ。そんな顔をしているといつしかレイン・リリーのような顔になってしまうよ」
「人は見た目ではありませんから」
「君が言うとどうも胡散臭く感じるのだよね。どれどれ、観察してみよう。……ふうん。ほほう。さては君達、昨日もしなかったのだな。はて、メイル君は本当に君のことが好きなのかねえ。僕は不思議でたまらないよ。どうして君のような人をこうも放って置くのか。いやはや、理解に苦しむばかりだ」
「キャジュが聞いていたら、本気で怒られますよ」
ほんのわずかであったが整っただけの顔が歪んだように見えた。
キャジュから聞いた彼女への評価よりも、タデマルの思う実際のそれはもっと高いのではないかと思った。
「せっかく二人きりなのだから、違う女の話はよそうぜ」
「タデマルさん」
「お、初めて名前で呼んでくれたね」
「積極的なのは結構ですが、私と本当に向き合いたい意思があるのでしたら、もっと私のことを知ろうとしてください。あなたは表面的なものに拘りすぎて肝心なものが全く見えていません。あなたが真剣になって私と向き合わないのであれば、私もあなたに対してそういう態度で接します。もう二度は言いません。いいですか? 今度変なことを口にしたら、次はあなたの存在を私の中で消します。あの、急ぎますのでこれで失礼します」
背中を向けて出入り口の方向に進んだ。自分のことやメイルのことを思うとこの対応は致し方なかった。
人との関係を捨てることは、誰であろうとも愉快な感じはしない。
「……あ、ああ。分かった」
効果があったのだろうか。とにかく言いたいことは言えたので自分としては満足だった。あとはタデマルが最後に発した返事が内なる感情から出てきたものであれば言うことはなかった。
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