19-5
戦場は早くも終盤に差しかかっていた。あとはシンクライダーの処理を待つだけだったが、映像からでもはっきり分かるくらいにもたついていた。
右腕の肘に左手を置きながらぼんやり立っているマーマロッテの隣で、レインは腕を組んで地団太を踏んでいる。今にも加勢しそうな雰囲気だった。
「確か、タデマルっていったよな?」
「いかにも、僕はタデマルだ」
「あんた誤解してるよ」
「さて、どのことだろうか?」
「俺とあいつはあんたが思っているような関係とは違うんだ」
「と、言うと?」
「俺達は恋人とかそういうものではなくて、なんていうか、二人で一個の存在なんだよ。好きだとか最後までとかじゃなくて、理屈抜きになくてはならない存在なんだ」
「だから、僕には無理だっていうのかね?」
「あんたはあいつがこの世界からいなくなってもなんとも思わないだろ?」
「そりゃあ、少しは悲しむだろう。いくらなんでもそこまで非人道的ではないよ」
「俺はな、あいつがいないと生きていけなくなるんだ。あいつだってそうなんだ。俺がいなければとっくに死んでいたんだよ」
「ふうん。君って意外に自己陶酔する男なのだな。なんとなく理解したよ。彼女は君のそういうところに惹かれたのだね」
こいつはもう駄目だと思った。なにを言っても真剣に考えようとはしない。
もしこいつをこの場で叩き落すとしたら、方法は『あれ』しかないだろう。
これだけは言いたくなかったのだが、状況を変えるためにはやむを得ない。
……ごめんな、マーマロッテ。
「一つ断っておくが」
「どうしたんだい?」
「俺は別にあいつと事に及ぶことをためらっているわけじゃない」
「へえ」
「俺だって本当は、したくてたまらないんだ」
「で?」
「俺達ってさ、一度嵌ってしまうとやめられなくなってしまう性格なんだ。それはもう、笑えないくらいにね。生活に支障が出ることはお互いよく分かっているんだ。だから、そうならないように我慢しているだけなんだよ」
男前の顔が引きつりだした。さっきまでの調子が嘘のように崩れている。返事をする余裕もないようだった。
あと一押しすればなんとかなるだろうか。
ところで俺は、なんでこいつにこんなことを言わなければならないのだろうか。
「……でもさ、あんたの話を聞いて目が覚めたよ。俺、今晩あいつとすることにした。あいつの全部を愛してあげて、なにもかもを俺のものにしてやろうと思う。もう、誰にも奪われたくないからな」
「……」
「明日になればきっとあんたの前に別人が立っていると思うよ。俺の愛情にどっぷり浸かった女がそこにいるんだ。身体はもちろんだが心も完全に溶け込んでいる。あんたに俺の精神が同化した女を落とせるのかな? たぶん無理だろうな。なぜならあんたは、あいつの身体が目的なのではなく『農民出身の下衆』から希望を奪い取るという行為を楽しみたいだけだものな?」
「……」
「やれるものならやってみろ、と言いたいところだが、実際にやられたら困るから今日のところは遠慮しておく。まあ、軽傷でよかったじゃないか。あんまり深入りして俺みたいに死にかけてしまったら、ここの指揮者がいなくなってみんなが迷惑するだろ? 自分の身体は大事にしないと、な?」
「……」
「とにかくよ、あいつは俺のものだから余計なちょっかい出すな。分かったか?」
「……」
「あ、防衛が終わったみたいだぞ。よし、と。じゃあ俺帰るわ。あとの始末はシンクに任せとくから、あんたはこの装置弄らないでくれよな。下手に触ると記録が飛ぶってことを覚えておいてくれ。くれぐれも知ったかぶって暴走しないように頼むよ。……それとな、俺が折角淹れてきたものを甘すぎるからって捨てないようにしてくれよ。希望通りのもの、持ってきてやったんだから」
「……おい」
「なんだ?」
「……これで勝ったと、思うなよ」
「勝ち負けにこだわっている時点であんたは負けてんだよ。それじゃあな」
医療室を出る直前に監視室の中から奇声が聞こえたような気がした。
あれで昨日の一件が帳消しになったと思えばやるだけの価値はあったのだが、なんだか割り切れない気持ちも残ってしまった。タデマルという男がいかに奇特なやつであろうとも、その本心を確固たるものにするまでは慎重に扱うべきだと思ったからだ。
しかし俺達の心に傷をつけたことは揺るがない事実。今後のやつの行動にいちいち口を挟むことはないにしろ、再び刃を向けてくるようなら次こそは容赦しない。
大切な人のために懸ける命というものを、あの上っ面に叩き込んでやる。
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