19-4



「レインに監視を頼まれたんだが、あんたはそれで構わないのか?」

「ふ、当然だろ。君は今日から僕の助手なのだから」

「その話、聞いていないが」

「今決めたんだ。さあ、早いところ、準備をしたまえ」

「喉が渇いた。なにか持ってくるが、あんたはどうする?」

「ふうん。気が利くね。では、甘いものをいただこうか」


 俺は流し台に行き二人分の飲み物を容器に注ぎながら、タデマルの行動を窺ってみた。

 するとやつは監視室の椅子に座ってご自慢の前髪を弄っているだけで、装置には指一本触れようとしなかった。



 ……まさかこいつ、監視装置の使い方を知らないのか?



「ちょっとあんた、すまないが映像だけでも出しておいてくれないか」

「……僕に指図するな。いいから早く持ってこい!」


 もう少し楽しみたかったが、外の状況も気になるので言うとおりにした。


 シンクライダー自作の監視装置は前に何度か使用したことがあったので手際よく操作することができた。

 この装置は戦場となる周辺一帯を立体映像として出力することができる。地下都市を囲む岩山に設置された機械で撮影し情報をここまで送っているのだそうだ。


 仕方ないので映像を映し出してやる。するとタデマルは満更でもない声を出した。

 俺は特に嬉しくもないそれを無視して、今日の戦闘位置に映像が嵌るよう微調整をする。既に戦闘ははじまっているみたいだった。

 ちなみに、やつの飲み物にはそこそこの量の砂糖を投入してある。


「おお、やってくれているね。感心感心」

「かなりやりずらそうだな。でもそんなに悪くもなさそうだ」

「だろ。僕の計算は完璧なんだ」


 レインとマーマロッテの動きはいつにも増して凄まじかった。本気を出すと言っていたが、映像が追いつけないほどの速度で処理していくその身のこなしは、まさに宣言通りの妙技だった。

 アイテルを使えるようになったマーマロッテは、以前に見られた危なっかしさを全く感じさせない動きを見せていた。緑色に光る全身のアイテルが、彼女をもっと綺麗にさせる。

 俺の目には、母性とも感じられる優しくも潔い存在として輝いていた。


「いやしかし、彼女は美しいね」

「レインのことか? そうだな。あの人の鎌捌きは様式美に溢れている」

「君、僕をおちょくっているのか?」

「そのように聞こえたのなら謝るが?」

「ところで、レシュア君とはどのくらい付き合っているのかね」

「大体、十一年、くらいかな」

「初耳だ。それにヴェインから聞いた話とも違う」

「いろいろあったんだ。このことを知っている人間はほとんどいないよ」

「僕にあてつけようとしたって無駄だよ。時間が全てではないからね」

「なに言ってんだ、あんた」

「彼女を本当に満たしてあげられるのは、僕だということだよ」


 本気で睨みつけた。やつはそんな俺の苛立ちに気にも留めないといった様子で立体映像に集中している。気づくまでそうしているのも阿呆らしいと思ったのですぐに視線を離した。


「すごい自信だな。根拠はあるのか?」

「そんなものはない。ただし、一度狙った女は最終的に僕のものになる」

「無理だと思うけどな」

「なんだ、君も大層な自信家ではないか。そこのところ詳しく聞いてみたいね」

「俺とあいつはもう離れられない。それだけのことだ」

「言ってくれるではないか。それで? なぜなんだい?」

「あんたに説明しても分からないよ。単純なことじゃないんだ」

「まだまだ若いね、君は」

「はあ?」

「なあメイル君、女っていう生き物はね、単純なんだよ。それをこれから君に教えてあげよう」


 タデマルは自分の顔を俺の鼻先につく寸前まで近づけた。

 まさかと思って少し後ずさると、やつは余裕のある嘲笑を浴びせかけてきた。

 俺はそんな畜生を無言で待ち続ける。

 ややあって、やつの吐く息が顔に飛び込んできた。


「君も身近に置いているから知っていて当然のことなのだが、女っていうやつは物事の判断を決定するまでに、どうでもいいことまであれこれと考える傾向がある。とにかくなんでも考えておけば答えなんてどうでもいいのだろうな。やつらにとって必要なことは正しい判断などではなく、よく考えて結論を下したことなんだ。つまりだね、一度そこに納まってしまいさえすれば、やつらはそれを正解だと思い込んでしまうのだよ」

「全ての女がそうとは限らないだろ」

「そこが君の浅はかなところなのだ。いいかい? 女っていうのは、はじめは考えるのだが最終的には感じて決めるんだ。身体がそうだと思えってしまえば、もうそれが答えになるのだよ」

「言っている意味がさっぱり分からない」

「君はまだ、彼女と最後までいっていないね」

「最後? なんのことだ?」


 タデマルはこれ見よがしとばかりに不敵な笑みを零した。


「やれやれ、だからなのだよ。最後までというのはだね、完全に通じ合う行為のことだ。さすがの君でもそれくらいは知っているだろう?」

「ああ、そういうことか」

「質問に答えてくれるかね? どうなのだ、まだなのか?」

「それを知ってどうなるんだ。あんたには関係のないことだろうが」

「まあまあそう熱くなるな。君が焦る気持ちも分からないでもない」

「焦る? なににだ」

「君は僕に彼女を寝取られるのではないかと恐れているのだよね」

「あんたには、絶対に無理だよ」

「僕に不可能は、ないね……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る