19-3



 反応が全くこなかったのが悔しかったのか、タデマルはわざとらしく咳払いをして話を続けた。


「そこで君達に今後の戦い方を指示する。内容はきわめて単純だ。まず、これから僕が言う機械の部位と担当者の名前を覚えてくれ。両腕、レイン・リリー。両足、レシュア君。胴体、ロル君。そして頭をリーダーに担当してもらいたい。つまりどういうことかというと、各自が担当部位に専念することによってより早く、より安全に処理できるということなのだが、君達にそれが理解できるかな?」


 そろそろなにか言ってやったほうがいいと思ったので、挙手をした。

 やつは獲物を発見したかのような目つきで俺に発言を許した。


「柔軟性に欠ける点について、どのように考えているのだろうか。聞かせてくれ」

「柔軟性? 君は僕の話を本当に聞いていたのか? これはね、効率の話なのだよ。決められた部分を決められた方法で処理する。それさえできていれば無駄な作業をしなくて済むし柔軟な対応なんてものはいらないのだよ。分かるかい?」

「ある日突然機械兵が物凄く強化されてしまったらどうするんだ? 担当者が負傷したら、誰がかわりに処理するんだよ」

「そんなこと、僕には知ったことではない。現場で判断すればいい」

「おいおい、それがあんたの仕事だろうが! そもそもな、地下都市スウンエアがまずい状況になっているのはあんたが指揮していたからなんじゃないのか?」


 自分でも言いすぎたと思った。右腕に触れるマーマロッテの指の感触がなければやつの襟元を掴み上げているところだった。

 やつは不敵な笑みを浮かべていた。俺は不覚にもこのどうしようもない男の術中にまんまと陥っていたのだ。心底悔しかった。


「君がなにを言ってこようが痛くも痒くもないね。戦場で負けたのは戦士だ。僕じゃない。結果だけで物事を勝手に決めつけてもらっては困るよ。ともかくだね、僕はここに責務を果たしに来たのだ。医師として、指揮者としてね。レイン・リリーのような実績のある戦士に不満を言われるならまだしも、君みたいな『農民上がりの下衆』にとやかく言われる筋合いはないね。さあ、君の出番はこれでおしまいだ。もう喋らなくていいからね」


 いきなりスクネが乗っかってきた。

 隣を見ると、怒り狂った女戦士が今にも吠え出しそうになっている。

 俺は人類最強の反撃を阻止するために、スクネを左手で抱えながら右手で戦士の太腿に触れた。

 効果については、それはもう絶大なものであった。


「おいレイン、あんたはこの話どう思っているんだ?」


 レインは足を組んだ膝の上に肘を乗せたまま、その手の平に顎を乗せた格好で静かに座っていた。

 考え事でもしていたのか、自分の世界に没頭しているようだった。


「ああ、私? 作戦のことなら別に構わないけれど? タデマルの方針に理不尽なところもなさそうだし、あとは実践してみて不具合が出たら報告するわ。それでいいでしょ? タデマル」

「実に素晴らしい回答だ。君のような常識人がいてくれて、非常に助かるよ」

「まあ、ほとんど私とレシュアだけで処理しちゃうでしょうけれどね。あ、でも問題はないわ。最後はあなたにも見えるように終わらせるから」


 やつはレインが最後に放った突然の独りよがりの発言に困惑している様子だった。

 レインはそんな男のことを無視してこちらのほうを見やる。


「ねえねえレシュア、私達さ、久々に本気出しちゃおっか?」

「え? でも、シンクさんが」

「いいのいいの。どうせ新しい医師が来たわけなんだし、骨の四、五本折れたところで、どうってことないわよ」


 ロルが座る椅子の後ろで穏やかに佇んでいたシンクライダーは、レインの冗談含みの発言を真に受けたのか、わなわなと唇を震わすと悲しみの笑窪を作って流し台のほうへと消えていった……


「あの人、立ち直れるだろうか」

「たぶん、相当引きずると思うよ」




 それからタデマルの意味不明な話が数分間続いた。

 監視室から緊急警報が鳴り響いたのは、やつの話がさらに滑稽な方向になりかけていた時だった。


「いつもより全然早いじゃないの。もう、仕方ないわね。みんな行くわよ。ああそうだった。……メイル、あなたは監視のほうをお願いね。あと、小出しなんかしたりせずにしっかり言うのよ」

「は?」


 レインとロルはタデマルの指揮を待たずに医療室を飛び出していった。


「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「ああ、気をつけてな。無理だけはするなよ」


 俺は流し台の隅でうずくまっているシンクライダーをなんとか説得して戦場に行かせた。

 やれやれと思って一息ついていると、今度はスクネの手を引いたキャジュがこっちにやってきた。


「これからちょっとした用事があるんだ。悪いが先に帰らせてもらうよ。じゃあ、あとは頑張ってくれ」

「メイにいちゃん。ばいばいね」

「あ、ああ。またな」


 かくして俺とタデマルは、二人きりになってしまった。



 ……あの仮面の女、なにもかも知っていたのかよ。

 ……ったく、仕方ねえな。とりあえずやれるだけやってみるか。


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