19-2
特殊医療室に入ると懐かしい面々が揃っていた。俺は笑顔で迎えてくれた全員に挨拶をして、現在の境遇についての説明を簡単にした。
よく見るとキャジュの隣には場違いな人間が一人いる。スクネだった。目が合ったので抱きつかれるかと思ったが、キャジュの手を握ったままこちらに手を振るだけだった。きっとなにかを言われたのだろう。
こういった場所に子供を連れてくることを最も嫌うであろうレインは、一人静かに黒い液体を啜っていた。
しかし、どこもかしこも不自然な光景だ。キャジュとスクネはマーマロッテと小声でなにかを話している。ますます意味が分からない。
監視室のほうに目をやると、ロルをさらにこじらせたような背の高い男がいた。やつが例の女狂いだと認めると、俺はそいつの前に立った。
「どうも」
「君があの、メイル君だね」
「今日からまた世話になることになった。よろしく頼む」
「へえ、地上人にしてはやけに礼儀正しいんだね。王族の彼女にそうしろとでも言われたのかな?」
「話はそれだけだ。みんなが待っている。さっさとはじめてくれ」
「開始予定までまだ六分もある。そう焦らずに君も座っていてくれたまえ」
想像通りの男だった。俺とは真逆の外見の自信に満ち溢れた、というかむしろ外見の自信のみで精神を維持しているかのような、そんな危うい雰囲気を漂わせている。
きっと自分の思うように物事を運ばないと気が済まない性格なのだろう。今のやりとりだけではっきり伝わってきた。マーマロッテが混乱するのも無理はない。こんなやつとまともにやり合おうとしたら、俺だって頭がおかしくなる。
触れないべきか、飛び込んでいくべきか、そこが悩みどころだ。
「おーいメイル、お前の飲み物もあるから早くこっちにこいよ」
キャジュに声をかけられて戻ると、どういうわけかマーマロッテの膝の上にスクネが乗っていた。
「なんなんだ、それ」
「へへへ。スクネちゃん独り占めしちゃった」
キャジュの話によると、タデマルという男は大の子供嫌いらしく、スクネをマーマロッテの側に置くことで魔除けがわりになるのではないかと連れてきたのだそうだ。
レインには事情を話して承諾をもらっているらしい。
「メイにいちゃん、スクネのことうらやましいの?」
「その質問は難しいな。なんとも言えない」
「じゃあ、『マーマ』がうらやましいの?」
「どちらかと言えば、そうなるな」
スクネは俺がマーマロッテと呼ぶのを真似してマーマと言うようになった。周囲には『お母さん』が変化したものだと説明しているので、本人には自由に言わせている。
「ねえねえマーマ、メイにいちゃんもスクネにのってほしいんだって」
「スクネちゃんは、メイお兄ちゃんのほうに行きたい?」
「ううん。今日はマーマのほうがいい」
「そうなんだ。ありがとうね、スクネちゃん」
「うん。マーマはスクネのおかあさんだよ」
この子は地下都市リムスロットに来てからも暗い表情を見せることがあった。もしそれが亡き母への思いによるものだとしたら、彼女が発するマーマという言葉をなおさら大切にしておきたかった。
俺はそんなスクネの気持ちを壊さないように、これからもそっと見守っていきたいと思っている。
そして、俺達がうらやむほどの幸せをいつかは掴んで欲しいと思った。
「わーいわーい。マーマのおひざ、ふかふかできもちいい」
マーマロッテのほうに視線を移すと、膝の上で足をばたばたさせている少女を支えているせいか表情に少し余裕がないように見えた。
「結構重いだろ。辛くなったら交代してもいいんだからな」
「うん。その時はお願いするね」
予定の時間になったのか、タデマルがいよいよ登場した。重苦しさとは違う独特な空気が漂う中、男は高圧的ともとれる態度で俺達の前に立つ。
「昨日も説明したと思うが、今日から正式に君達を指揮させてもらう。具体的な方針に触れる前に、まずは昨日の防衛を見た感想を述べよう。はっきり言って期待外れだった。まるで連携が取れていない。個人技の寄せ集めを見ているようだった。あれで最強の防衛部隊を気取っているのだから、なおさらたちが悪いと感じた」
思わず噴き出しそうになった。一言一句に胡散臭さが充満していてなんの説得力も感じられない。これはロルどころの騒ぎではないと思った。
「僕が問題視していた点が見事に的中してしまった。なんだか分かるかね? そうだな、レシュア君、答えてみてくれたまえ」
早速来た。この抜け目のなさがマーマロッテを追い込んだのだ。
もちろん、その正解はさらに彼女を苦しめるものなのだろう。
隣に座る彼女の視線を感じた。目で合図したかったがそれもやつの計算のうちに入っているのだろうと思い、あえて無視することにした。
「……四人の戦士の中に、女性が二人もいることでしょうか」
なかなかの対応だと思った。マーマロッテの発言の直後に見せた男前の微妙な眉の動作から察するに、これは予想外の返答だったと思われる。
「そ、そのとおりだよ。今日の君は冴えてるね。昨日の僕の手ほどきがよかったのかな? まあいい、続けよう。とにかくだ、男と女が戦場に混ざるとろくなことにならないという良い例が君達だ。男勝りな女戦士もスウンエアにいることはいる。しかしね、ここの戦士はそうではない。見たまえ、この三人の女性達を。色白で女臭くて筋肉もなければ威勢も感じられない。特にレイン・リリー、君の顔の白さは異常だよ」
時間が止まったかと思った。
やつはおそらく仮面の色のことを指摘したのだろう。
一瞬だけ殺気を覚えたのは、気のせいだと思いたい。
「今のところ、笑うべきなんだろうか」
「ちょっと、無理があるよね」
「スクネは分かるか?」
「ぜんぜんおもしろくなかった」
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