12-7



 彼らと対面してから数分が過ぎても沈黙は保たれたままだった。言葉を交わすかわりに突き刺すような視線が俺達のほうに向けられている。


 このままじっとしていても埒が明かない。どうやらこっちが先に話さなければ納得がいかないご様子のようである。

 意を決した俺はスクネの手から伝わる震えを力に変えて、彼らと向き合うことにした。


「この子供は地下都市アレフの生き残りだ。保護してやって欲しい」

「それが、最初に言うことなのかしら……」


 口を開いたのはやはりレインだった。腕組みをしていることから相当腹を立てていることが窺える。今さら弁解をしようなんて気はない。傷つけたければ好きなだけ傷つければいい。


「しばらく留守にして申し訳なかった。カウザの襲撃を受けたアレフの惨状を目にしてここに戻ろうという気になった。迷惑をかけてしまったのなら謝る。このとおり、本当にすまなかった」

「まあ、戻ってきたことに関してはそれなりに評価するわ。でもね、はっきり言ってあなたには失望した。自分の立場を理解していたわよね? それなのにどうしてそんな行動がとれたわけ? あまりにも身勝手すぎるんじゃないの?」

「そのとおりだ。反省してる。今回の件については全部俺が悪い。返す言葉もない」

「あなたがいなくなっている間に取り返しのつかないことが起きていたら、一生後悔していたでしょうね。でも安心しなさい。なにも起こらなかったから。それで、これからあなたはどうしたいの? ここにいたいの?」

「できることなら、この子の面倒を見てあげたい」

「その子はなに? 本当に地球人なの? 証拠はあるの?」


 そんなことだろうと思った。張り詰めた空気の正体はやはりあの女の勘違いだったようだ。

 レインの言葉の意味を理解しているのか、スクネの手の震えが一段と強くなる。俺はその怯えた手を固く握り返してやった。


「スクネが地球人だと証明できるものはないが、俺はそうだと確信している。それに、あんた達の敵なんかでは決してない。命を賭けてもいい」

「どうするシンク、一度調べてみる?」


「調べることは簡単ですよ。ですけど、僕個人としてはメシアス君の言葉を信じてみたい気もします。もちろん、その上で検査は行いますけど。それに彼が言ったアレフ襲撃の件についても気になりますしね。確かに、都市アレフとは数日前から音信不通だったんです。もしカウザによるものだとしたら、こちら側としてもなんらかの対策を講じなくてはなりませんしね」


「だそうよ。よかったわね。あなた、まだ信じてもらえているみたいよ」

「シンク、ありがとう。恩に着るよ」


 シンクライダーは寂しげな笑窪を作って医療室へと駆け込んでいった。おそらく他の生き残っている都市とアレフについて情報を共有するためだろう。


「じゃあ、今度は私からあなたに言うことがあるわ」

「覚悟はできている。なんだ」

「あなたを拘束します」

「こう、そく?」

「ロル、彼を例の倉庫に連れて行って」


 怪我が治ったらしいロルが軽快な足取りで嫌味たっぷりに近づいてきた。今度はどんな言葉で毒突いてくれるのだろうか。非常に楽しみでもある。


「メシアスさん、勘弁ですからね」

「久しぶりだなロル。足治ってよかったな」

「ここの住民からは一応天才と呼ばれていますからね。足の骨なんてすぐに繋がってしまうんですよ」

「ああそうか。で、この子も連れて行っていいよな?」

「レインさんの機嫌次第じゃ、ないですかね。それにしても、あのメシアスさんがまさかこんな若い女性にも興味があるなんて……」

「レイン! この子は、スクネはどうするんだ!」


「そんなこと、あなたには関係ないでしょ。その子は私のほうで引き取って問題がなければ居住先を手配するわ。大丈夫よ、殺したりなんかしないから」


「……あのメシアスさん? 俺は無視ですか?」


 ここに来てからずっと離さなかったスクネの手が離れた。なにが起きたのかと思ってその小さな身体を目で追うと、両手を広げて俺の前に立っていた。


「メイにいちゃんを、いじめないで!」


 自分が守られる立場になるとは想像もつかなかった。後姿から感じる少女の想いは、その指先の震えから手に取るように分かる。

 今のスクネを動かしているもののことを思うと胸が締めつけられそうになった。人間の本当の強さを教えられている気分だった。


 スクネの急な行動に驚いたロルは、小さい子供から発せられる迷いのない気迫にたじろいでいた。

 対処に困ってしまったのか、ロルはレインの様子を確認する。


「あなた、もう鞍替えしたの? 素朴な顔しているわりにやることはやるのね。大したものだわ」

「あんた、喧嘩売ってんのかよ」

「見たままの感想を言っただけよ。だってそうなんでしょ? その子の顔、完全に女になってるわよ。ああ、汚らわしいったらないわ」


 意図的に挑発しているのが分かった。だがその真意を掴むまでの猶予は与えてくれないようだ。


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