12-6



 リムスロットに着くのに三日もかかってしまった。負けず嫌いな性格のスクネはあの後も食物摂取を頑なに拒み続けたので適当な木の実を無理やり食べさせた。最後まで文句一つ言わずについてきてくれたスクネは本当に強い子だと思った。


 あと少しで目的地に着くことを告げると自分も歩くと言い出した。衰弱しているであろう身体に負担をかけたくはなかったが、どうやらスクネは手を繋ぎたいみたいだった。こういうわがままにはどうにも抵抗できなかった。


 案の定、都市の正門は自然の風景に偽装されていて閉じられていた。それはこの中にある地下の平和が維持されているという証でもある。俺は正門の反対側に位置している緊急避難口の前にスクネを導いた。


 岩山の影に隠れる岩の形をした扉が緊急避難口だった。扉の右横に小さな映像出力機器があって、そこに指定された文字をその端末に命令することで扉が開く仕組みだ。

 シンクライダーから強引に聞き出した開錠文字を打ち込む。すると大きな岩が音を立てて動き出し、大人が出入りできるほどの穴が出来上がった。

 開錠文字の設定は変更されていなかった。文字列は定期的に変えていると聞いていたのであの時から手をつけていないということになる。シンクライダーの変な思いやりみたいなものを感じて妙にむず痒い気持ちになる。


 避難通路を抜けて居住区域に入ると、そこは以前と変わらない光景が広がっていた。地上に降り注ぐ光に連動して照らされる不自然な照明、草木が一本も生い茂っていない地面、まばらに横切っていく住民。それらは懐かしく思うほどあの時のままだった。

 スクネは知らない人に見られるのが怖いのか、顔を俺の身体にくっつけてきた。


「メイにいちゃん、だっこ」


 仕方なくそうしてやる。スクネは嬉しそうな声を出して俺の胸に顔をうずめた。

 気恥ずかしい思いはとうに捨てている。一度逃げ出した人間を歓迎する者などいないのだから今さら飾る必要はない。スクネにまともな生活をさせることができれば、俺はゴミのような扱いを受けても奴等にしがみつくつもりだった。


 最初に目があったのはシンクライダーだった。現時点で入室可能な個人住居は特殊医療室しかなかったので却って手間が省けたと思った。

 声をかけられるかと身構えていたが、あの人は俺の姿を確認するなり医療室に逃げ込んでしまった。あの怯えた挙動からは疑う余地のない後ろめたさが放たれていた。


 レイン、ヴェイン、キャジュ、ロル、シンクライダー、レシュアが俺達の前に集合したのはそれからすぐ後のことだった。

 彼らの中にすっかり馴染んでいるキャジュの姿がなんとも微笑ましい。袖の短い黒の上着に下は裾の広い灰色のズボンという身なりで立っている。元気そうでなによりだ。

 そんな彼女は、俺と目を合わせるなり嬉しそうな表情をしてみせた。


 このままスクネを抱きかかえていると余計な質問をされるかもしれないので、仕方なく隣で立ってもらうことにした。抱いている時から地面に降ろすまで繋いだ手を離さないところは、さすがスクネだと思う。


 前方に群がる彼らは語りかけようともせずこちらを凝視していた。まるで不審者を見ているような眼差しだ。見られているほうにも緊張感が伝わってくる。過剰な気構えの原因はおそらくスクネだろう。

 この子のどこをどう見れば機械兵と疑えるのだろうか。話し合う以前の問題であるように感じるのは気のせいだと思いたい。まるで異星人にでもなった気分だった。


 いかにしてスクネを信じてもらえるか。そこがこの子の未来の分岐点になるだろう。とにかく俺は奴等の理解を得るために食い下がらなければならない。


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