12-3
「……だれか、いるの?」
暗くてよく見えなかったが声のする方向に人影らしきものが映っていた。
言葉を返してやるとその小さな影が恐る恐る姿を現した。
「ここの、住民か?」
「そうだよ。おにいちゃんは?」
俺の身長の半分くらいの小さな女の子供だった。服も顔も黒く汚れている。襲撃の生き残りだろうか。
胸の辺りまで伸ばした黒い髪は乱れていた。俺の存在を意識したらしく、震える両手でその髪を必死に直す。
「俺はリムスロットという都市から来た地球人だ。家族の人は、どうした?」
「みんな、しんじゃった」
たぶんここから離れられなくなったのだろう。泣き腫らしたのか目は酷く充血している。
見ているだけで胸が苦しくなった。俺は生きたくなくても勝手に生きてしまうのに、この小さな子供は自分の死を感じながら、それでも強く生きようとしている。
もう考えるまでもなかった。やるべきことは一つしかない。
……身勝手かもしれないが、その命、俺に預けてくれ。
「俺と一緒に安全なところに行くか?」
「おにいちゃん、たすけてくれるの?」
「ああ、そのために来たんだからな」
「おにいちゃん、おなまえは?」
「メイル」
「わたし、スクネ」
「いい名前だな。何歳だ?」
「5さい。おにいちゃんは?」
「二十一歳だ。分かるか?」
「2じゅう1さい、わかるよ。メイルのおにいちゃん、すごくおにいちゃん」
「そうだな」
スクネから笑みが零れた。これならば無事に連れて行けるかもしれない。
どんなに頑張って走っても来た時と同じ時間はかかる。この子にとっては二日でも長旅に感じるだろう。きっとどこかで音を上げるに違いない。
最初からめそめそされては、こっちの覚悟にも影響が出てしまう。
「いつからそうしていたんだ?」
「きのうから。きのうのよなかにわるものがきて、みんなしんじゃった」
「そうか。お腹は空いているか?」
「すいてない。スクネ、ごはんいらない」
「じゃあ、今すぐここから出ようって言ったら、スクネは出れるか?」
「でれる。でもちょっとあたまがいたい」
「どうした? 怪我してるのか? ……おい、大丈夫か!」
無理して立っていたのかスクネは突然倒れてしまった。
俺は急いで抱き上げて都市を出た。
近くの川までは約五キロメートルの距離がある。極度の脱水を起こしているとしたら一刻の猶予もない。ここで死なれたらますます後悔してしまう。この子を救うとしたら、あの方法をとるしかなかった。
その辺の地面に転がっている比較的大きな石を拾って自分の指を力一杯に叩きつける。身体はすぐもとに戻るわりに痛みだけは遠慮してくれない。ほんの一瞬だけ呼吸ができなくなるほどの感覚が走る。それでも俺は血がしっかり出てくるまで叩き続けた。
潰れた指がもとに戻る前にスクネの口に含ませてやる。うまく飲み込んでくれるか心配だったが、仮に飲み込まなくても口の粘膜を通して効いてくれればそれだけで助かるだろうという自信があった。
効果があったのか、それとも意識がわずかに残っていたのかもしれないが、一度大きくむせてから飲み込んでくれたのが指の感触で分かった。
これでアイテルが使えたらこの子をもっと幸せにできるのにと思うと、自分の無力さがさらに膨れ上がった。子供一人もろくに助けられないなんて、俺はどこまで情けないやつなのだろうか。自分に対する苛立ちが止まりそうにない。
意味も分からないまま不味い血を飲まされて二日間もよく分からない男の背中で揺れていなければならないスクネを思うと切なくなった。俺がこの子の立場だったらリムスロットに帰る頃には嫌いになっているだろう。そこまで持つかどうかも怪しいところだ。
この際嫌われる人間が一人増えようが構わなかった。自尊心が今より深く傷ついたところでなにも変わりはしない。
どうせ俺にできることは、誰にだってこの程度のことなのだ。
「……おにい、ちゃん」
「気がついたか。どうだ。行けそうか?」
「うん。ありがとう。メイルおにいちゃん」
かなり吸われたのでもう十分だと判断した。
少々荒っぽいかもしれないがスクネを無理やり背中に乗せる。後ろから手を引っ張って俺の肩にかけると、小さな両手が力強く俺の服を握った。
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