9-1 レシュアside 冷たい体のど真ん中 / absolute raid



 地下都市リムスロットから約七百キロ北上したところに異星文明カウザの要塞は存在していた。

 空からでは分かりづらいが球体の形をした奇妙な建物は確かにある。

 私達四人の防衛部隊は襲撃を予定している地点を通過した。


 機械兵と同じ黒い色をした禍々しい球。

 周辺に機械兵らしき物体は見当たらない。

 その形だけで判断すればもう完成しているみたいだった。



 私達はまず、要塞に侵入する前に地下都市スウンエアへ寄って暖を取ることにした。

 予想していたよりもずっと寒かったのでなにか羽織るものが欲しくなる。それでも今日はまだ暖かいほうだと都市の人が言っていたので、私は彼らの言葉を信じて我慢することにした。

 住民に声をかけられる度にその格好はどうしたのかと聞かれた。これは王族専用の戦闘服ですと試しに答えてみたら、そこにいる全員がすぐに納得してくれた。



 深く詮索されなかったことに安堵して同行者のもとに戻ると、この都市の中で一人だけ納得しない人がいた。やはり彼女だった。


「弱音を吐かない約束だったわよね? メイルにはあなたにシミ一つ作らないでお返ししますって言ってあるんだから、ほんと頼むわよ」

「はい。そのうち慣れますんで、大丈夫です」


 レインのさらに勢いを増す愚痴をよそに、私はこの服から伝わってくる彼の思いを噛み締めていた。

 私のために選んでくれた生地。私のために縫い合わせてくれた糸。

 その全てが彼の思いとして染み込んでいた。戦闘服にしては頼りない見た目かもしれない。でも自分にとってはこれ以上にない防具だった。



 ……どんな脅威が立ちはだかろうとも、私は絶対に負けない。



「ちょっと人と会ってくる。あなた達はここで待機。五分後に出発するから心の準備は整えておいて」


 レインとヴェインはこの都市の防衛統括者に挨拶をしてくると言い残して居住区域の奥に消えいった。

 その結果、私とロルは二人きりになってしまった。

 この彼とはメイルについての口論以来まともに会話をしていない。私は大して気にしていなかったが、どうやらロルのほうはそうでもなさそうだった。

 メイルに対する嫉妬からの反発だろうか。真意はどうであれ、これから予想される戦闘になんら支障はない。無闇にくっつかれるとやり難くなるのは私のほうだったので却って都合がよかったとも言える。よって私のほうから話しかけようという気はさらさらなかった。



 レイン達が戻ってくるまでの五分間を適当にやり過ごしてしまおうと思った。それとなく考え事でもしていればあっという間に終わるだろう考えていたからだ。

 ところが、そんな時に限って『この彼』は口を開いた。


「もし俺が死にそうになったら、あなたは助けてくれますか?」


 いきなり質問されたことで焦りはしたが、そんなことよりもなんて女々しい発言なんだと思った。自分の能力に余程自信がないのだろうか。

 ロルは私から見ても決して弱い能力者ではない。自力であの機械兵を倒せる実力は本物だと感心すらしている。それなのに、自分がどういう立場の人間なのかを全然理解していない。

 いくら私達が強すぎるといっても屈強な戦士であることに変わりはなかった。だからロルにはその事実を前向きに受け取って、自分らしさを磨いて欲しかった。


「どうでしょう、分かりません。その場の状況次第で判断すると思います」

「そうですか。では、もしあなたの前にいるのが俺ではなくメシアスさんだったとしたら、それでも分かりませんか?」

「……」


 痛い所を衝かれたと思った。答えようがなかった。

 ロルの心の断片を知っていることが、私の口を一層重たくする。

 じっと地面を見つめたまま黙っていると、ロルは呆れたような口調で私の名前を呼んだ。


「冗談ですから気にしないでください。ですが、参考にはさせてもらいます」

「はあ、そう、ですか」

「今の会話が現実にならないようにお互い気を引き締めていきましょう。あ、ちなみに俺はあなたのことを命懸けで守りますから、安心してください」

「ありがとう、ございます」

「いえいえ、俺の命でよかったらいくらでも差し上げますよ」


 本人は冗談で言ったのかもしれないが私には全然笑えなかった。かつて自分が選び取ろうとした未来に重なるところがあったからこそ、半笑いで口にして欲しくなかったのだ。この一言でロルのことがますます分からなくなってしまった。

 命を差し上げるなんてことを簡単に口に出して喜ぶ人間はいない。ましてや仲間の前で自分の死を軽々しく扱ってしまう時点でその人は仲間として失格だと思っている。

 もし私の気を引くために言ったのだとしたら完全に逆効果だった。メイルが相手だったら即座に癇癪を起こしていただろう。


 ロルの視線は全然知らない方向を見ていた。それからレイン達が戻ってくるまで私達は一切口をきかなかった。

 五分間待つように指示を出して消えていった二人は、予告した時刻からかなり遅れて戻ってきた。


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