9-2
「ほらレシュア、これを着なさい」
レインは私のために防寒用の上着を調達してくれていた。ありがたく受け取り羽織ってみると、世界が突然変わったみたいに血が巡ってきた。
「腰に着けているベルトは潜入後も外さないで頂戴。脱出時にもたもたしたくないから」
「はい」
シンクライダー手製によるこの腰巻には私を運搬するための紐が収納されていた。紐といっても服に使用されるような裁断可能のそれではない。特殊な金属を加工して作ったワイヤーというものなのだそうだ。引き伸ばした紐を他の誰かに固定させれば私を運べるという仕組みだ。
ヴェインはこれさえあれば長い梯子を担がずに済むと喜んでいた。
「じゃ、あとのことは頼んだぜ。おい小僧、いつまでも女の後ろ走ってんじゃねえぞ。男だったら生き様で勝負しろ。いいな?」
「はい、頑張ってきますです。って、ヴェインさんは行かないのですか?」
「悪いな。急用が入っちまったから先にご帰宅だ」
レインはヴェインのもとに寄って彼の肩にそっと手を置いた。
珍しい行動だと思った。
「お疲れ様。あとは任せて。あなたも、頼んだわよ」
「おおよ。んじゃな。それと姫は……、言うことはねえぜ。派手にぶちかましてこい!」
「はい。ヴェインさんも気をつけて」
ヴェインはみんなに挨拶を済ませるや全力であろうアイテルを放出して飛んで行った。
レインは訝しむ私達の顔を見て、やれやれといった表情を見せるかわりに腰へ手を当てた。
「彼から黙っているように言われたんだけれど、気になるだろうから言うわ。残念な知らせよ。リムスロットに再度機械兵が現れた。しかも今まで見たこともない兵装を装備していたとのこと。それでシンクが一人で出て行って返り討ちにあった。彼から引き継がれて戦況を監視していた『ある人物』が急遽応援に出て現在も戦闘中。シンクの怪我がかなり酷いらしくてあと一名応援が欲しいとここに連絡が入ってきたわけ。それでさっき話し合ってヴェインを戻すことにしたの。これでいいかしら?」
「あの、都市のほうは大丈夫なんですか? それと、ある人物ってまさか、メイ……」
「話はこれでおしまい。質問は受けつけないわ。私達は私達のできることに専念しましょう。酷かもしれないけれどそうして頂戴。いいわね?」
「了解しましたです!」
「……」
ロルは涼しい顔をしていた。
私とは正反対の表情だった。
「レシュア様、心配いりませんよ。彼は後先考えずに行動するような人間ではありません。さあ、早いとこ奴等の基地、落としてしまいましょう!」
悔しいけれどロルの言うとおりだった。メイルはそんなことをするような人ではない。
ではレインの言う、ある人物とは一体誰なのだろうか。ロルの他にも戦えるアイテル使いがあの都市の中にいたのだろうか。
考えをゆっくり整理したかったが、腰のワイヤーはレインの高速飛行に引っ張られて、体勢を維持するために思考を保留せざるを得なかった。
黒い球体の前に到着すると、その巨大な要塞は複雑に絡んだ固い棒状のなにかに支えられて建っていた。
機械兵の気配はない。周辺の地面には金属のような固い物質が敷き詰められていて、それは平面状に加工されていた。
球体は地下都市の居住区域くらいの大きさはある。
さらに近くに寄ってみると、視界から球の面影がなくなった。
「こんなものどうやって作ったんでしょうか? 材料とかはこの星から調達したんですかね? ほら、レシュア様見てください。これとかすごい不気味ですよ」
「細かいことはあとで調べるから私語は遠慮して。必要な言葉だけを交わすように。分かった? ロル」
「はい、了解です!」
建物を二周しても入り口らしきものは見当たらなかった。さすがのレインも焦りの色を隠せない。
天候の変化を考慮すれば出入り口は下のほうにあるはずだと彼女は予想していた。でも私はその推測だけを当てにして探すことに賛同できなかった。
こんなに歩き回ってもそれらしきものすら見つからないのはどう考えてもおかしい。そもそも入り口なんてものはもとから存在していないのかもしれない。
どうせ最後に建物ごと破壊してしまうのだから、外壁を叩き壊してしまえばいいのにと思った。
頭の中が疑問で埋めつくされている私をよそにレインは黙々と探し続けていた。
彼女の期待を裏切らないように注意深く観察すればするほど、歯痒さだけが増していく。
「私達がいること、気づいていないのかしら」
「そう考えるのが妥当ですね。カウザの奴等、意外に馬鹿なのかもしれませんよ」
「その馬鹿に翻弄されているのがうちらなのよ、ロル」
「全くそのとおりです。面目ないです」
会話をしている二人の後方の空に黒い線が見えた。あの風に揺られて波を打つ線状は、間違いなく回収後の犬型の機影だ。
あれがこちらに向かってくるということは、つまり、そういうことなのだろう。
彼らにそのことを伝えるとレインは私達にすぐにここから離れるよう指示を出した。私とロルはそれに従い球体から離れた。
レインは犬型の進行方向から入り口を観察できる位置に身を隠す。
犬型が球体の中心部分の手前で止まった。すると塞がれていたところから突然穴が空く。犬型はその中に吸い込まれていった。
レインは全身にアイテルを放出して超高速で飛んた。それに続いてロルも飛ぶ。
二人が内部に突入した直後に私も後を追った。だが入り口は塞がれてしまった。
表面に手を当てても反応はない。どうやら取り残されてしまったようだ。
私は辛抱強く待つことにした。
犬型による機械部品回収は複数体で行われているはず。
それを信じて、今は待ち続けるしかない。
そして五分後、信じていたものが再来した。
次は失敗しない。犬型の挙動に全神経を集中する。
今度の線はさっきよりも長い。入り口が開いている時間はさらに延びるはずだ。
球体の手前で止まる。おかしい。さっきの犬型の位置と違う。
とにかく開いた。私は全速力で追いかけた。
00の応用で踏み込めばレインよりも早く動ける。
そうして私は、巨大な球体にぽっかり空いた青白い光の中に飛び込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます