8-5



 農作業を終えて自宅に戻ると、シンクライダーから食事の誘いがあった。

 この男との二人きりはなかなか落ち着かなかった。

 とにかくよく喋る。気まずい空気にこそならなかったが、程度を知らないためか話の逸れかたが尋常ではない。古代産業技術の革命はいかにして起こったのかという話だと思って聞いていたら、急に現代の排泄事情の問題にすり替わったりしている。しかも食事中にだ。


 前にヴェインが発言したとおりだった。この男の話は息が詰まる。しかも面白くない。

 俺が空腹にならないよう配慮してくれている気持ちはありがたかったが、それをまるっきり打ち消すほどのうざったさが目の前の飯を最高に不味くしていた。


 この不愉快な気持ちを切り替える方法はまずない。

 それでも、この状況は俺にとって最高の好機でもある。

 うまく食いついてくれるだろうか。そこだけが不安だ。


「シンク。俺さ、今服作りに熱中しているんだ」

「なんと! それは素晴らしいですね。どんな用途で着用する服なのですか?」

「レシュア専用の戦闘服を作ろうと思っている」

「おお、ジュテーム! それが愛の形になるんですね。いいじゃないですか。もちろん、レシュアさんには内緒で作るんですよね。ね?」

「それがさ、少し困ってしまって」

「なんでも聞いてください。知っている限り、お答えいたしますよ」


 来た。この自然な流れ。しかも他に邪魔をする人間はいない。

 質問するなら今しかないだろう。


「レインやヴェインが着ているあの管のついたやつなんだけどさ、レシュアにも同じような感じのを作ってやりたいんだ」

「でも、彼女はアイテルを使えませんよ。ちなみにあれはダクトスーツという名前の防護服です。あの管の部分はアイテルの流れを均一に保つ役割があります。よって彼女には不要のものですよ?」

「なんていうかさ、気持ちっていうのかな。彼らと同じものを着せてあげることでレシュアの精神的不安を取り除いてやりたいんだ。あいつ、ああ見えて神経質なところがあるから」

「なるほど! それなら納得です。メシアス君の気持ち、きっと彼女に届きますよ」

「いや、そういうことじゃなくてさ。昨日製造区域の人にその、なんとかスーツの管について聞いてみたんだ。そしたらあれはここには置いてないって言うんだよ。あんたはあれがどこにあるか知っているか?」

「ああそれはですね、『王城ゾルトランス』にしかありませんよ。あれはもともと軍兵専用の服に採用されたものですから」


 ……食いついた。


「つまり、レインとヴェインは城の奴等となにかしらの関係を持っているってことなんだな。前にレシュアが奴等の服のことを軍兵の服よりもずっと複雑な形をしていると言っていた。もしあんたが言っていることが正しいとするなら、あいつらは少なくとも軍兵より格上の関係者と繋がっていたことになる。どうだ?」


 いつもの調子なら即答するシンクライダーが、口をきつく締めて考え込む。

 そして、


「いや~、さすがですね。僕は前から睨んでいたのですよ。君は他の一般人とは違うとね。やはりダクトスーツでしたか。彼らはこのくらいなら問題ないと思っていたんです。君が服作りに興味を持っているなんて考えもしなかったはずですから」

「じゃあ、レインとヴェインのこと詳しく聞かせてくれるか?」

「知られちゃいましたからね。いいでしょう、僕が知っていることをお教えしますよ」


 よし。

 これでまた、『彼女』に一歩近づける。


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