8-3
食卓の上に置かれたレインの交信機は誰かの交信機と繋がっていた。
あちら側の音を拾っているようで、耳を澄ますとそれは生活音に聞こえた。
『……流石だな。踏み込みのキレが増している。レインの鬼教育が着実に姫の強化に結びついているぜ。どうよ、成長している感覚はあるのか?』
『さあ、さっぱりです。結局レインさんの動きの秘密は分からず仕舞いですし。ヴェインさんはそのこと、なにか聞いていました?』
『いや、なんも。そもそもレインとはあまり話をしねえからなあ』
『ええ!? それは意外です。いつも一緒にいるからてっきり夫婦さんかと思っていました』
『夫婦か。確かに長いことつるんでるな。ま、あれだ。以心伝心ってやつだ。もう言葉を使ってやりとりするのが面倒臭えってのもあるけどな』
『へえ、なんかいいですね。そういうの憧れます』
『姫だっていつかそういう相手ができるぜ。なんつったって、あれだからな』
『あれ?』
『おおよ。べっぴんさんってやつだ。そういえば前にレインが姫を見て嘆いていたっけな。私にもあんな時代があったのよー、ってな』
『レインさん、仮面してるから分からないですもんね』
『そのことだけどよ、気をつけるんだぜ。ああ見えて繊細な性格してやがるから、あることないことにいちいち反応して暴れ出すかもしれねえぜ』
『うわ、それは怖い。ありがとうございます。気をつけようと思います』
『うむ』
「うむ、じゃないわよ! あることないこと喋っているのはあなたのほうでしょうが!」
「ヴェインの見立ては正しいな。確かに、繊細だ」
「しっ。黙って聞きなさいよ」
『……ところでよ』
『はい』
『メイルとは、その、いい感じなのか?』
『はい。と言っても、普通にいい感じ、みたいです』
『どうしてだ。あれから頑張ってみたんじゃないのか?』
『頑張ってはいるんですけど、なかなか思うようにいかなくって』
『だよな。こんな美人に言い寄られたりしたら誰だって怯えちまうさ。特にあいつはちっとばかし自分を悪く見積もる癖があるからな。なおさらやり辛えだろう』
『そんなこと、ないと思うのに』
『それは姫の目線だからな。あいつにはそうは見えちゃいねえのさ。なにかよくないことがあると全部自分のせいにしちまう。俺がこんなんじゃなかったら、てな。そんで結局、自分一人が傷つけばなにもかも解決すると思い込んでいるんだ。誰も望んじゃいねえのにな』
「あなた、そうなの?」
「全否定はしない」
『……私にも、似たような考えがあるかもしれません』
『だろうな。あん時はマジで肝を冷やしたぜ』
『あの時、ですか』
『ああ。おたくさん、完全に目がいってたぜ。死を覚悟している目だってすぐに分かったな』
『その節は、ご迷惑をおかけしました』
『いいんだ。気にするな。前にレインも言ってたが、あそこはどのみち落とされていた。姫がいたことでむしろ被害を抑えられたと思ってもいい。要は考え方次第だってことよ』
『みんな、優しいんですね。メイルにも前に注意されちゃいました。自分の能力を否定するなって』
『こりゃあ傑作だ! てめえが悲観しているくせにな。きっとあれだ、あいつは姫を鏡だと思って見ているんだろうぜ。本当は好きになりたいんだが好きになるのが怖いんだ』
『自分のことが、好きじゃないから』
『やっぱりおたくら似た者同士なんだな。まあ、そのうちどうにかなるだろ。今は平行線のままでも、小せえなにかが少しずつでも積み重なっていくはずだぜ』
『すごく不安になることがあるんです。特に寝る前とか』
『そんなの、隣で抱きしめてもらえばいいじゃねえか』
『断られました。私とは同じ家の中では寝られないって。お爺様のところに行っているんです』
『おい、そんな話聞いてねえぞ』
『え?』
『そもそもよ、他人の家に入るためには都市の代表の許可がねえと駄目なんだ。あいつは姫の客みたいな待遇で登録しているはずだから申請しても通らねえはずだぜ』
『じゃあ、どうしているんでしょうか?』
『野宿しかねえだろうなあ。シンクんとこは閉鎖してるだろうし』
「あなたって、かなりのお馬鹿さんなのね」
「生まれつきなんでね。直しようがない」
「あの子がどんどん好きになっていくわけだ。これじゃあ、一溜まりもない」
「俺は、残酷なことをしているのか」
「ええ。そりゃもう、えぐいくらいにね。放っておくといつか襲われるわよ」
「そいつは、困ったな……」
『……私、なんで気づけなかったんだろう』
『大切に思われている、からだろうな』
『どうしたらいいんだろう。もう、彼を苦しめたくない』
『簡単だ。はっきり言っちまえばいいんだ』
『やめてって、ですか?』
『そうじゃねえ。一緒に寝てくれなきゃ嫌だって駄々をこねるんだよ。なんだってそうだ。抱きしめて欲しかったらそう言えばいい。優しくして欲しかったらそのとおりに言っちまえばいいんだ。男っつうのはな、融通の利かない生き物なんだぜ。雰囲気で察してくれるほど賢くもねえ。重要なことだから覚えときな』
『ヴェインさんは口が悪いけど、大人なんですね』
『頼りになるだろ。メイルに飽きたら乗り換えてくれたっていいんだぜ』
『それは、ないと思うんで大丈夫です』
『お、おおよ。いい感じじゃねえか。その調子であいつとやっていけばきっとうまくいくだろうぜ』
『はい! ありがとうございます』
『さ、話は終わりだ。そろそろ帰してやらねえとな』
『え?』
交信機の声がぷつりと音を立てて切れた。
「じゃ、私帰るから。あ、それと今日は予定通りだから。あの子が無事に帰ってくることを祈って待ってなさい。くれぐれも羽目を外さないように。馬鹿なことしてたら私がぶん殴ってあげるから、そのつもりで」
「お、おい、ちょっと待て!」
「なによ」
「あの、とりあえず、心配はするな。あいつのことはよく考えておく。だからあまり無理をさせないでくれ。頼む」
「……なーに言ってんのよ。当ったり前じゃないの。私を誰だと思ってんのよ。言われなくてもあの子は無事に帰すわ。安心しなさい。……じゃあね」
は?
どうして、涙声だったんだ?
意味が分からないんだが。
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