8-1 メイルside 想誤離壊 / bad receiver
朝になり居住区域が眩しい光に照らされる。寝覚めは悪くない。これが普通だと身体に言い聞かせればそれなりに快適でもある。
俺は家の外で寝ていた。地下都市でもあまり人が通らない居住区域の片隅に手頃な場所を見つけたのでそこを寝床にしていたのだ。
レシュアにはゲンマル爺さんの家に世話になっていると伝えている。嘘をつくのは嫌いだったが、彼女のことを考えればそれもやむを得なかった。
ちなみにうちの爺さんは知らない家族の世話になっている。そこの家の人は自ら進んで爺さんを受け入れたのだそうだ。彼らには本当に感謝している。爺さんも新生活を楽しんでいるみたいだった。今の俺の立場について説明でもされたのだろうか、わしのことは大丈夫じゃからとしつこく言われた。
願わくば便乗したかった。でも彼らの生活に入り込む余地なんてまるでなかった。
起床してから自分の家に入る時には、必ずレシュアの許可をもらわなければならなかった。いきなり入ってこられると怖いからだそうだ。
当初彼女は別々の就寝には反対だった。なんとか説得してようやっと理解を得たと思ったら今度はこの有様というわけだ。
女の思考は謎に満ちている。たまになにを考えているのか分からなくなる時がある。そしてその傾向はレシュアに強く表れた。
大抵は深入りせずに同意したり適当に受け流したりして対処していた。振り回されているという自覚はない。どちらかというとそれすらも楽しいと思いはじめている。
最近彼女といる時だけは笑顔を作れるようになった。自分でも信じられなかった。
笑おうと決意したきっかけはもう憶えていない。ただし後悔はした。レシュアはこの笑顔を見ても一緒に笑うだけでなにも言ってこなかった。
どうしても気になったのでその翌日、自分の顔のことを正直に告白した。そしたら彼女は「控えめの八重歯が可愛い」とこの顔の感想を述べた。本当に抵抗がないのかと確認したらなぜか怒られてしまった。「もっと笑ってよ」と注文する彼女は真顔だった。これがまた理解に苦しむ原因を生んだ。
俺はこの先どんな未来が待ちうけようともレシュアを特別な存在として見ないことにしている。当然彼女の気持ちは知っていた。というか分からないやつは馬鹿だ。
心の底から守ってやりたいとは思っている。でもなにかが違う。
誰かを好きになる資格なんてない、ということでもない。
……どちらかというと、まああれだ。
だからこそ特別な存在にはしたくなかった。
これ以上想いを膨らましてしまうと破裂した時の反動で彼女はきっと立ち直れない。
俺は、彼女が近くにいてくれるだけで十分救われていた。
「おはよう」
「よく眠れたか」
「うん」
今日は機械兵によって建造されている要塞を調査と銘打って奇襲する予定の日だった。出発は彼らの日課を済ませた直後になるらしい。
過去の機械兵出現時間から算出した予想時間は正午から午後二時までの間。地下都市スウンエアまでの距離は約七百キロメートル。レイン達が全力で飛んで二時間と少々。レシュアも参加するので移動にはもっと時間がかかるだろうとシンクライダーは言っていた。
よって今日のレシュアへの対応はいつも以上に注意を払わなければならない。精神的な負担を抱えたままスウンエアに行って怪我でもされたら、ただでさえ見栄えの悪いこの面目が修復不可能なほどに潰されてしまう。
今日という日は自分にとっても油断のできない一日になりそうだった。
「ねえ、メイル」
「なんだ」
「さっきね、ヴェインさんから稽古頼まれちゃった。行ってきてもいい?」
「ああ、こっちのことは気にするな。でも無理はするなよ」
「うん。ありがとう」
家の呼び鈴が鳴る。この音は何度聞いても慣れない。
俺はレシュアが立とうとするのを制止して玄関に向かった。
「やっほー、レインだよ。目覚めはどうかね若者達よ。さあ、朝がはじまったぞ。一日のはじまりなのだー!」
「はあ。これはどうも」
「なんだなんだ。元気ねえじゃねえか。どうした、昨日は断られたのか?」
「なんのことだよ!」
「あ、おはようございます」
「お、二人とも仲良くやっているみたいね。関心関心っと」
レインとヴェインだった。
まだ早朝だというのに二人とも戦闘服を身に纏っている。今日の奇襲に向けて相当気合いが入っているのだろうか、発せられる言葉がいつも以上に大袈裟に感じた。おそらくは緊張を紛らわすためだろう。
レシュアは身支度を済ませると手を振りながらヴェインと家を出て行った。
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