7-3



 誰が説明するのかと皆が逡巡していると、観察していた機械を放り投げたメイルが口を開いた。


「なあ、もうやめにしないか? たかが一人のために芝居続けたって誰の得にもならないだろ。本当にレシュアのためを思って動きたいのならこいつに負担がかからないようきちんと住民に説明するのが筋じゃないのか? もしそれが難しいというのなら外部から人を補充するのはもうやめろ。身内で揉め事を起こしている場合じゃない。あんたらも遊びじゃないと分かってるんだったらもっと真剣に取り組んでくれ。俺の考えに同意できないのであれば喜んでここを出てやる。もうこんな茶番に付き合うのはごめんだ」


 部屋がすっかり静かになってしまった。事情を知る者と知らない者の両者が、投げかけられたばかりの意見を丁寧に噛み砕くように黙考する。

 そして、最初に声を出したのはシンクライダーだった。


「と、いうことです。メシアス君には明確な存在理由があります。僕達にとって非常に大切な仲間の一人なんですよ、ロル君。まだ君には人間関係が複雑に見えるかもしれませんがいずれ分かるようになってきます。それまではどうか、我慢してはくれないでしょうか?」

「いいえ。質問の答えになっていないです。なぜこんな人がレシュア様の護衛なんですか? ろくにアイテルも使えない人間が、どうして彼女を守る必要があるんですか?」

「おい、お前」


 急にメイルが立ち上がった。私は彼の行動を止めるべくその袖を掴む。

 すると優しくも逞しい指先が、私の指をそっと撫でるように解いた。

 その瞬間、自分は彼の前では本当の意味で無力であることを知った。気づくのが遅すぎるくらいだった。


「さあ、答えてくださいよ!」 

「それは、レシュアが必要だからに決まってんだろ」

「だから、どうしてなんです!」

「まだ分かんないのかよ……」

「なにがです!」

「俺達、同じ家で生活してるんだぞ。いい加減気づけよ。どういう関係かなんてその辺歩いてるガキにだって分かる。大人のあんたがなんで分からないんだよ。ほんと意味が分からねえ。頼むから現実をしっかり見て大人の対応してくれ」

「あなたはレシュア様の全部を知らない! 無力なあなたには絶対に守れない!」

「確かにそのとおりだ。俺はあんたよりも相当弱いさ。実際この先守りきれるかどうかなんて正直自信はない。だけど、こいつに必要だと言われたからには本気で守るつもりだし、ずっと守ってきていると思う。アイテルとかの問題じゃない。俺達が守らなくちゃいけないのはそういうものじゃないんだ!」



「……もう、いいよ。二人ともやめてよ!」



 苦しくて涙が出てしまった。

 彼の言葉がまだ『全て』を伝えていない胸の奥にまで突き刺さってきて、それが嬉しくて、でも苦しくて、涙が止まらなかった。



 ……せっかく約束したのに、いつまで経っても子供なのは私のほうだ。



「女の涙はずるいです。もう、分かりましたからいいですよ。少し頭を冷やしてきます。シンクさん、出発はいつですか?」

「あ、えーと、予定では今日でしたが、そうですね、明日にしますか。うん、そうですね、明日にしましょう」


 ロルが退室するのを見計らうようにレインとヴェインも動き出した。

 去り際にレインがメイルに耳打ちする。するとメイルが、うるせえ、と上擦った声で言い返した。


「さて、どうしましょうかね。機械兵達には今晩頑張らないでもらうようお願いでもしましょうか」

「行くことは決まったんだ。あっちの都市にはそれだけでも朗報になる。今日は出動メンバーとやらが決まらなかったことにしておけばいい」

「さすがはメシアス君、それ名案です! 早速スウンエアに連絡を入れましょう。はい、ということで今日は解散です。ご苦労様でした。それではごきげんよう」




 外部通信機のある部屋にシンクライダーが入ると私達は二人きりになった。

 メイルはどこか気まずそうな顔をして緑茶の残りを飲んでいる。


 私はそんな彼の耳元に、そっと口を近づけた。


(……あなたの口から『本気で守る』という言葉が出てくるなんて夢にも思わなかった)


 顔を真っ赤にしたメイルが意を決したように溜息をついて、頬を膨らました。

 彼の可愛らしい一面を発見した今日の喜びは、一生の宝になると思った。



 ……これで、今夜は苦しまずに乗り越えられる。



「ば、馬鹿野郎。レインと同じこと言ってんじゃねえよ!」

「いつも守ってくださりまして、どうもありがとうございます」

「はいはいどういたしまして。こちらこそどうもです」

「ああ、その返事なんだか気持ち籠もってない。本気さが足りないよ」

「あ、あんまり調子に乗るな。ほら、一旦帰るぞ。今日は製造区域でお前の服を作りに行く約束してただろ」


 私は返事をするかわりに彼の手を握った。

 彼は恥ずかしそうに頭を掻きながら天井を見上げた。



 大切な人の側にいるだけで平穏な一日が過ぎていく。


 こんな日が、いつまでも続けばいいと思った。


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