7-1 レシュアside 捲れた先の抜け穴 / vantablack ability
まだ姉妹三人が同じ時間を共に過ごせていた頃、私は発現しないアイテルに苦心していた。
ルウスおじさまの手ほどきは完璧で、星との同調は自分の心の中で完全に出来上がっていた。アイテルは私のすぐ目の前にあった。でも最初に目覚めたのは姉のマレイザだった。そして妹のステファナが姉の後に続いた。
二人とも無事に習得したことでゆとりが生まれていた。彼女達は穏やかな眼差しで見守りながら、私にも到達する日が来ると信じていた……。
でもその日は一向にやってこなかった。
一週間でマレイザがいなくなり、一ヶ月でステファナもいなくなった。
諦めたくなかった。誰かに信じてもらえなくても自分だけは信じることを諦めてはいけないと思い、踏ん張った。
そして二ヶ月が経過した時、使用人のアザミさんが異変に気づいた。
彼女は三人姉妹の中でも私を一番に気にかけてくれる人だった。アイテルは既に身についている。ルウスおじさまものちにそれを認めた。
それから数日が過ぎて、私は隔離された。
私というより、アンチアイテルが隔離されたのだった。
……あの時は、メイルと初めて出会う少し前だったと鮮明に記憶している。
地下都市リムスロットに住むようになってからあの頃をよく思い出していた。変わらない笑顔に囲まれた日常が崩れていく。まさにあれがはじまりだった。
あの一件以来姉妹とは会話もしていない。面会が許されなかったのだ。
マレイザは私という選択を失ったその日から次期女王へ向けての準備を開始する。ステファナについては誰に問い詰めても教えてくれなかった。女王なら教えてくれるだろうと面会を頼んだら今度は女王とも面会を禁止された。あれから現在に至るまで彼女達の姿を見ていない。
妹のステファナはマレイザとは違い思いやりがあって、優しくて、人懐っこい性格の子だった。そんな彼女が今ここにいてくれたら私はどれほど癒されるだろうかと思う。この朝を迎える時の不安な気持ちは一人だけで解消するにはそれほどに荷が重たすぎた。
今日はメイルと生活をはじめてから十日目。彼は朝から都市の環境に早く馴染もうと様々な区域を回り、私は彼が教わることを後ろで聞きながら同じ時間を過ごす。作物を育てる農地区域や、生活に必要なものを形にする製造区域、地下都市の全区域の原動力を作ったり蓄えたりする管理区域にも足を運んだ。
機械兵が地上に降りてくるとメイルが着ている服の懐に入った交信機がけたたましい音を出す。これは地下都市での生活が始まった日に私が手渡したもので、防衛の開始を告げる道具として利用しているものだ。
「それじゃ、行ってくるね」
「ああ、無理するなよ」
機械兵との相手は単純作業みたいなものだった。一日に大体五十体をほとんど無抵抗のまま処理をして終わり。あとは一日おきにレインと手合わせをして数箇所の傷を作る。ただそれだけのことを繰り返すと都市の夜は穏やかに過ぎていった。
戦うことで悩みがあったとすれば、それはレインの謎めいた能力の正体だった。彼女は私の『00』を軽々とすり抜けてしまう。ちなみに00というのは、相手側の力を『瞬間的に吸収し反射させる』体術のことをいう。
きっかけは相手の身体のどこかに触れること。それさえ叶えば攻撃を受け流すことができるし、その際に得た力で反撃もできる。それなのにレインの前では力を受け取る段階にすら入れない。この事実は私の中であってはならない現象だった。
素早さが不足しているわけではない。その点ではむしろ圧倒的に勝っていると言える。運よく攻撃をかわしたことは何度かある。でも反撃は全て失敗した。
彼女は「なにが起こっているのかを身体で感じなさい」と言うだけでそれ以上のことを語ろうとはしなかった。
自分よりも結果的に強い人間がいたことに動揺はしたが、だからといって悔しいとか一番に強くなりたいという気持ちは全くない。彼女が間接的に指摘するなにかがこの戦場における私の欠点なのだとしても、それを探求しようなどという興味は湧いてこなかったからだ。
彼女が強いのならそれは私にとって喜ばしいこと。
こちら側が不利な状況でもないし、今のままでも私は恐ろしいくらいに強い。
自分だけが我慢し続ければこんな戦場でも穏やかに過ごせるのだ。
「あ、どうもはじめましてです。自分、今日から世話になりますシャンサンハロルという者です。サンハロルと呼んでくださいです」
昨日から新人が入った。地下都市リムスロットでは圧倒的な実力を持つアイテル能力者らしい。ヴェインがその実力を見た感じでは、まあまあとのこと。実戦に支障はなさそうだったので加入を決めたのだそうだ。
身長はメイルよりも少し高く、肉付きもしっかりしたものだった。
顔に関しては……申し訳ないがメイルに遠く及ばない。
いわゆる一般人が防衛部隊に加わったことで周囲を取り巻く人間の口調が変わった。私はこの都市の住民に王城を代表して出向いた王族として扱われているので、加入してきた新人のために配慮せざるを得ない状況に投じられたのだ。
もともと敬語で話しかけられることが好きではなかったので彼らに気を使わせないためにも無駄話は避けるようにした。でもそれで万事いつもどおりというふうになるわけでもなかった。
むしろ内心では自由に会話ができないことに苦痛を感じていた。いっそのこと新人にだけ事情を話してしまえばいいのにと思ったが、レインが決めた方針に異議を唱える者は出てこなかった。
結局サンハロルはヴェインによって『ロル』にされた。サンハロルでも長いというのが理由らしい。本人はその提案にまんざらでもないように笑って承知した。
食堂には私が知る顔ぶれが同じ食卓に座る。主にレインが号令をかけることによってみんなは集められた。
この都市では食事を摂りたい時に各自が自由に調理して食べることができた。しかし肝心の調理機器がアイテルを使うことを前提として作られているので、私とメイルの二人だけではまともな食事にありつけない。よって全員が集まって食べることになったのだ。
調理当番はなぜかシンクライダーで固定されている。面倒臭がりで頑固な性格の『二人』に反発できなかったのだそうだ。
私達が来る前から一人で料理をしていたという彼の迷いのない手捌きは見ていて痛快だった。
「……地下都市スウンエアからついさっき連絡がありました。やや緊急の内容なのでここで話してもよいでしょうか?」
「駄目よ」
「そうだそうだ。飯食ってる時にてめえの業務通達なんか聞いてたら喉が詰まっちまう。終わってからにしろ」
「はいはい。ではそうすることにします。それでは皆さん、よく噛んで食べましょう。いただきまーす」
メイルも当然この席にいる。彼は同席しているロルとみんなの事情をすぐに察したのか余計な言葉は一切発しなかった。
ちなみに、私に話したい時は耳元に顔を近づけて小さく語りかけてくれるのだった。
「ところでです、メシアスさんはレシュア様とはどういったご関係なんですか?」
メシアスという呼び方はたぶんシンクライダーが教えたのだろう。
メイル・メシアス。それが彼の名前だった。
「護衛だ」
「へえ、そうなんですか。では以前はあなたもお城にいらしてたんですか?」
「最近雇われた」
「はあ、なるほどです。それにしても随分とお仲がよろしいようにお見受けします。もしかしてそういうご関係だったり、ですか?」
「どんなご関係であろうともお前にわざわざ説明するいわれはない」
気まずい空気が流れた。素知らぬ顔で食べ続けるメイルにロルは露骨な対抗意識を向けている。
ヴェインは目をぎらぎらと輝かせていた。シンクライダーは目の前のものをただひたすらに摂取している。レインはとても、食べづらそうだ。
「メイル、その言い方はよくありません。彼はまだわたくし達に加わったばかりなのです。いろいろと知りたいこともあるでしょう。そしてこの場所を提供していただいているわたくし達もまた、彼と同様です。互いが互いを慮る姿勢を持たなくてはなりません」
「失礼しました。以後発言に気をつけます」
ロルが意図の読めない目配せをしてくるのを無視してメイルの横顔を見た。なんともないと言いたげに手と口を動かし続けている。
それから食事が終わるまで、彼は私のほうを見ようともしなかった。
再び彼が私を見たのは後片付けの最中だった。
他の住民に混じって食器洗いをしていたらいきなり横から現れて私の手伝いをはじめたのだ。周囲の様子に注意を払いながらここぞとばかりに顔を近づけてきたので、彼のお望みどおりに平静を装いながら耳はしっかりとそばだてる。
(……お前の口から『慮る』という言葉が出てくるなんて夢にも思わなかった)
率直に言い返すかわりに頬を膨らまして見せると、少しだけ笑った声が返ってきた。
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