6-4
「それでお前は納得したのか?」
「うん」
「本気か? 俺は男だぞ。この意味分かってるよな?」
「うん。たぶん」
「レインとのほうが女同士で気楽だろ。しかも俺はアイテルを使えない。役に立たないやつを側においても効率が悪いんじゃないのか?」
「……あのねメイル、ちょっと聞いて欲しいことがあるの」
女の言い訳を聞かされるのかと思うと憂鬱な気分になる。これが自分に課せられた使命だと分かるとさらに惨めな気持ちにもなった。ひとまず喉の渇きを癒して頭の中を綺麗にしておきたい。
流し台の前に立って空の容器を手で持って水を入れる。簡単な作業だ。
だがいくら待ってみても水は一向に出てこない。
そう、俺は水の出し方を知らなかったのだ。
こっちのうろたえている様子に気づいたレシュアが嬉しそうな足取りで駆け寄ってきて魔法でもかけたみたいに小さな手をかざしてみせる。すると、吐水口からちょろりと水が流れてきた。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
王城の設備と同じものがこの地下都市にも導入されているので大体のものは扱えるのだという。なんとよくできたお嬢様だろうか。
そんな畳み掛けるような笑顔が無様な男をさらに委縮させていく。一人だったらもう泣いているかもしれない。
俺は水が入った容器二つを食卓に置いて椅子に座った。角張った見た目のわりに座り心地は悪くない。
冷えた水分を喉に流し込みながら真向かいに腰掛ける顔をちらと覗いてみる。かなり強張っているようだ。さっきの余裕はなんだったのだろう。動揺するつもりはないが、やけに元気がない様子に見える。
もったいぶる調子がまた、この顔らしいとも思った。
「……あのね、今日メイルの家からここに移動する時、変な格好で運んでもらったでしょ? ヴェインさんに梯子ごと持ってもらってさ。もう聞いているかもしれないけど、私ね、普通じゃないんだ。アイテルを使えないのは前に話したよね。憶えてる? ……そっか。でね、そのアイテルが使えないっていうの、メイルとは少し違うんだ。本当は私アイテル使えるの。でもそのアイテルが表に出てこないんだ。具体的に言うと、私の身体から半径五メートルの範囲にアイテルが発生しないんだよね。自分のアイテルが弾かれるのと同じように自分以外の人のアイテルまで弾いてしまうんだ。しかも時々自分の意思に関係なく他人のアイテルを跳ね返しちゃうことがあってすごく迷惑をかけてる。特に強いアイテル能力を持っている人は私が近くにいるのが不快みたい。……『アンチアイテル』なんだって。城の人がそう言ってた。なんでこうなったのか知らないけど生まれた時からそうだったみたい。ほんと変だよね、なんかおかしくなっちゃう。……ねえメイル、あなたも私の近くにいるの、嫌?」
震えた声で話しきった瞳には涙が浮いていた。
どれだけの勇気を振り絞っただろうか。
伝えようとした思いは一応全部受け取った。でも……
俺はまだその言葉の本当の意味を信じることはできない。
「要するにアイテルを全く使えない俺がレシュアに違和感を感じるかどうかなんだよな? それなら問題はない。他の奴等と感じるものは一緒だ。むしろあいつらのほうが近寄りがたい雰囲気を出していて息が詰まる」
「それって、ここにいてもいいってこと?」
「出て行けって言ったら言うとおりにするのか?」
「うん」
「じゃあここにいろ。お前を追い出したりしたら次は俺がこの都市から追い出される。そうなったら今度はお前が都市を出てしまうんだろ?」
「うん……」
零れ落ちそうだった涙が笑顔とともに流れ出た。
なにが嬉しかっのだろうか。突き刺すようにこっちを見ている。
戯言を抜かす俺の顔が滑稽で面白かったのだろうか。
「そのかわりなんだが」
「なに?」
一つ、いや二つにしよう。
「俺が今から言うことを守って欲しい。それができると約束してくれるならこの件についてもう余計なことは言わない。いいか?」
「どんな約束? 話して」
「お前のアンチアイテルとかいうやつのこと、これからは自分の欠点だと思うな。そういう素振りを見せたり弱音を吐いたりもしないでくれ。それとあと一つ、寝る時だけは別々でいさせてくれ。もちろん俺が場所を変えるから」
言い終えてから少しの間黙っているかと思ったら、今度は声を出して泣きだしてしまった。くしゃくしゃの顔を隠すことなく、台無しになったその顔のままで。
「だから、そういうのをやめて欲しいって頼んだんだけどな。守れないのなら別にいいよ。その時は俺がレシュアを不快に思っているってだけだから。耐えられるんだったら好きにしてくれ」
「そうじゃないって」
「は?」
「嬉しいから泣いてるんだ。だからこれは約束破ってない」
「意固地なやつ」
「……だって、ほんとだもん」
泣き止むのを静かに待つことにした。そして会話がまともにできるようになってから彼女に了解の返事をもらい、この話は終わりにした。
明日から本格的におかしなことになる。俺の立場は周囲の解釈次第であらぬ方向に肥大化していくのだろう。
このみすぼらしい顔を嘘の仮面の中に隠して事実無根の言及に内心怯えながら平静を装い続ける日々。今のままでは到底生き残れそうにない。
もっと強くならなければいつかこいつらに押し潰されてしまう。
身体のことはどうでもいい。心をどうにかしておかなければ……
しばらくしてヴェインがやってきた。どうやら俺達に夕食の食べ方を教えてくれるらしい。俺は空腹を感じていなかったので別に行かなくてもよかったのだが、レシュアはそうでもなさそうだったので仕方なくついていくことにする。
ずんずん進むヴェインに合わせて歩いていると、後ろからやんわりと袖を引っ張られた。もっとゆっくり歩いて欲しいのだそうだ。
意味が分からないのをいちいち質問するのも野暮だと思ったのでなにも言わずに歩幅を合わせていると、なぜかまた袖を引っ張られてしまった。
「……手、繋ごっか」
「な、なんでだよ!」
冗談だ。これは冗談に決まっている。
そうでも思わなければ俺はたちまち勘違いしてしまう。
……この顔を好きになるなんて、絶対にありえないって。
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