6-2



「ところで、レシュアもアイテルを使えないと言っていたが彼女が強い理由をあんたは知っているか?」

「どきっ」

「なんだそれ」

「直接ご本人から聞いたわけではないので確証を得ておりませんが、僕が感じたものから推測するに補助的な力を操れるからだと思います」

「補助的な、力?」

「とにかく君はレシュアさんの護衛なのですから、あとでその件について語り合ってみてはどうです? ご本人が真実を話すかどうかは分かりませんが」



 そろそろ息が詰まりそうだったので特殊医療室を出た。右の方向には封鎖された出入り口があり、左のほうには居住区域があったので左の方向を進むことにする。

 ここに来た時よりも周囲が若干暗くなっている気がした。外の明るさと都市内部の照明が連動しているのかもしれない。


 空気がやけに澄んでいるからなのか、地上で生活していたときよりも随分と居心地がいい。外気をそのまま循環するだけでは味わえない処理済の空気だ。

 こんなものを吸い続けていたら人類は退化してしまうのではと心配になる。環境がいくら整っていても耐性をつけなければどうしようもない。現に風邪を引いていた奴もいた。異星文明が未知の細菌を持ち込んできたら地下住民はあっという間に病人だらけになってしまいそうだ。

 だがそれも余計なお世話と言われれば口を閉ざさねばならない。俺には全く関係のないことだからだ。


 この環境に身体が喜ぶ反面、精神を慣れされるにはしばらく時間を要しそうだった。ならば自然と人間を切り離すための交換条件という意味合いで、前時代の人間の欲深さを量るには丁度よい間隔と割り切って今は楽しむことにしよう。



 爺さんのことが気になったので居住区域を歩いてみることにした。不審者とみなされてもシンクライダーに顔を憶えられただろうから大事にはならないはずだ。

 居住区域は建物の集合と色分けされた固い床、それを照らす光で構成されていた。家の外観は地上で暮らしていた三角屋根のものはなく全てが味気のない大きな箱という印象で、高さは大体三メートル程度あった。おそらく一階建てだろう。地上にはありすぎる自然の植物が一つも見当たらない。そこを好印象と捉えるかは未来の自分に委ねてさらに奥へと進むことにする。


 適当に歩いていると四つ奥の住居に爺さんを見つけた。声をかけようと思ったがどこか様子がおかしい。いつも穏やかで締りのない油断だらけの顔が知らない奴等の前で真剣になにかを話しているのだ。

 あんな顔は見たことがない。話しかけている奴等は爺さんをヴォイドアイテルの使い手だと知って弟子に志願でもしているのか。おそらくはそんなところだろう。ひとまず無事でいたので安心した。

 あとで爺さんと一緒に住めるかどうか確認しておかなければならない。俺はせっかくの師弟関係に水を差すのも悪いと思い声をかけずに通り抜けることにした。


「メイルさん。探しましたよ」


 知らない男が俺の名前を呼んだ。逃げる必要はないと知りつつも一応警戒して待ち構える。


「あなたの住民登録が完了しましたのでご自宅を案内しに参りました」


 と、男は言った。とりあえず言われるがままについていくことにする。

 案内された先は特殊医療室から五十メートルも離れていない場所だった。そこにはシンクライダーも待っていて一応信用に足る情報と結論づけて胸を撫で下ろす。

 どうやら住民との信頼関係を築くこともこれからの課題になりそうだ。


「あなたのような方の入居を想定していなかったのでまとめ書は用意しておりませんが、たぶん『あなた達』ならすぐに使いこなせるでしょう。操作方法等不明な点がありましたら私かどなたか分かる方に相談してください」

「メシアス君、メカのことは僕にお任せですよ」


 暇なら簡単に教えてくれてもよさそうなのに、あの人らは家の開錠方法を説明したきりいなくなってしまった。

 そうやって一人取り残されて空虚に佇んでいると、親切なのかぞんざいなのかはっきりしない歓迎を意外にも楽しんでる自分がいて奇妙な気持ちになった。



「……はっきりしねえのが一番良くないぜ。そういう場合は目の前にあるものを一気に畳み掛ける。忘れんなよ」

「私はあいつにこれ渡してから洗浄場にいくから。あなたはヴェインと先に行ってて。入り口で合流しましょう。ついでに着替えも準備しておくから手ぶらで行っても大丈夫だから」

「あ、メイル……」



 三人が無事に帰ってきた。しかし酷い汚れようだ。特にレシュアが酷い。全身は切り傷だらけで見ているこっちが痛くなる。高貴な衣服も土や砂で台無しだ。

 一体外でなにが起こったのだろうか。歩調から察するに機械は撃退したと思われる。脳裏には壮絶な死闘の光景が浮かんだ。するといきなり自分が彼らの世界から切り離された気分になった。

 よくよく考えてみればかなり前から切り離されている。この都市に住む人達ともそうだった。認めたくはなかった。それでも惨めな自分と向き合うことには慣れてはずなのに。

 ただし、俺が持っている『能力』を丁重に扱う奴等のありありと見て取れる対応に、怒りともとれる困惑を感じていた。

 ……あいつらは、相当考えて動いている。


「だいぶ張り切ってきたみたいだな。大丈夫か?」

「うん、平気。ちょっと気合入れすぎちゃった。へへへ」

「ここが俺の住む家なんだそうだ」

「……あとで、お邪魔するね」


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