6-1 メイルside 歪、故に秘密 / lost in i mazes



 シンクライダーという男はどうやら性に合わないらしく、機械弄りという共通の趣味を持っていながら話はなかなか弾まなかった。なんでもこの男は機械のことと古代文明についての知識は世界一なのだそうで、知りたいことがあったら是非とも相談して欲しいとのことらしい。

 こういう類は一度調子に乗らせると聞いてもいないことを喋り出して止まらない。俺は医療室を出ることも考えたがレインの言っていた手続きが済むまでは余計な騒ぎを起こさないほうがいいと考え、結局ここに残ることにした。



 シンクライダーは暇なのか忙しいのかよく分からない男だった。他の地下都市の人と交信してくると勝手に報告してどこかに行ってしまったと思ったら、大急ぎで帰ってきて俺の近くをふらふらと歩きつつ、つまらない話をしだす。適当に相槌を打っていると今度は急患が部屋に入ってきてそれの診察をするのだが、患者がただの風邪だったらもういいと訴えているのに、顎に手を置きながらあれをしたほうがよいとかこれをしたほうが適切ではないかなどと独り言を呟いてなかなか帰さない。見ているだけで疲れる男だった。


 やっとのことで患者が解放されると、今度は緑茶の入った容器と黒い液体の入った容器を両手に持ってこっちに近づいてきた。黒いほうの容器を手渡されたので仕方なくそれを口に含んでみる。冷たくて苦いだけの地味な飲み物だったが嫌いでもなかった。

 そんなこんなでこの無駄に慌ただしい男こと、シンクライダーはまた寝台に腰掛けてなにかを思い出したかのように話しはじめる。本当に気の抜けないやつだ。


「そういえば君は確かアイテルを使えないのですよね。もしよろしければ詳しく教えていただけませんか?」

「詳しくもなにも、使えない。ただそれだけのことだ」

「アイテルを感じることもできないのですか? 例えば『オープンとシャット』だけを感知できたりとか」

「悪い。実はアイテルのことあんまり詳しくないんだ」


 まただ。なぜ俺はこうも相手の言葉の誘導に引っかかってしまうのか。お人好しなのだろうか。無性にいらいらする。このままではいつか弱みを握られかねない。本当に気をつけなければいけないと思った。

 この部屋に余計なことを口走る癖を治す薬が置いてあるだろうか。今度この男がいなくなった隙を見て探してみよう。

 シンクライダーはまたしてもあの得意げな笑窪を披露して、それでは説明しましょうと言い緑茶に軽く口をつけた。


「アイテルとは、この星全体に溶け込んでいる形のない力の源みたいなものだというのはご存知ですよね。一言でアイテルと表現しているのはほとんど同じ抽出方法によって得られるからで、細かく分けると三種類あるんです。『オープン』アイテルと『シャット』アイテル、そして『ヴォイド』アイテルの三つに分類されます。各系統にはそれぞれ異なる効果があって、オープン系は主に物質的な空間制御のことを指します。物を凍らせたり燃やしたりするために使うんですね。そしてシャット系はオープン系と相反していて非物質的な空間制御を可能にします。身体や物を宙に浮かせたり風を起こしたりすることができる能力です。三つ目のヴォイド系ですが、前の二つの系統を熟知することで使用可能となる少し厄介な能力です。『非物質的な空間』に物質を実体化させるというのがヴォイド系のアイテルなのですが、分かりづらいですよね。例えば、そうですね。なにもないところに壁を作ったり自由に生み出したなにかを武器にしたりするために使用している人が多いです。ちなみに地下都市の住民達のほとんどはヴォイド系まで到達していません。余程の訓練をしない限り習得は不可能だからです」

「俺の爺さんはそのヴォイドってやつ、使えたはずだが」

「オゥ! アンビリバボー! 素晴らしいです。君のお爺さんはかなりの使い手なのでしょう。一度稽古をつけて欲しいですね」

「あんたも使えるのか?」

「レインさん達には遠く及びませんが、まあ、使えるには使えるって程度です。僕は戦士向きの人間ではないので彼らに任せているというわけです。それよりも、三系統の同時発生に伴う関係性について知りたくはないですか?」


 知りたくないと答えたら話を止めてくれるだろうか。確かめてみようかと思ったが、ここで聞き逃すのは惜しい気もしたので素直にお願いした。


「系統の異なるアイテル、または同じもの同士がぶつかり合った時にどうなるのかというのが次の説明です。これをアイテルの浸透法則と呼んでいる人がいるので僕もそれに倣って使わせてもらいます。アイテル同士の衝突は人間の頭では明確に処理しきれない論理で構成されているので、実際に起こる現象をお伝えします。まず、オープン系とシャット系の二つは互いにぶつかっても特別な反応を起こすことはありません。それぞれは発せられた力量をそのまま通過します。ですので強いほうの力が弱いほうに効果を表します。シャット系同士も同じです。影響はありません。ですがオープン系同士になると効果が変化します。お互いが力を打ち消してしまうのです。不思議な現象だと思われるでしょうけど、そうなってしまうので僕も納得するしかありませんでした。次はヴォイド系について説明します。さっきの能力のときに話した内容と被ってしまいますが、他の二つとは少し考え方が違います。基本的にヴォイド系はヴォイド系同士でないとぶつけることができません。稀にオープン系が干渉すると唱える人もいますけどほとんど迷信みたいなものだと思ってください。それはなぜかと言いますと、実は今説明した浸透法則は全て『大きな力の差のないアイテル』を衝突させた場合の結果だからです。例えば凄まじく強力なオープンアイテルをそうでないオープンアイテルに当てたとします。すると打消しの法則は無視されて強力なアイテルのほうがそうでないほうに力量の差分の影響を与えます。他の法則についても同様です。つまり結論を言ってしまうと、物凄く強いアイテルを生み出せればなんでもかんでもやりたい放題というわけです」


 説明し終えて満足したのか液体を美味しそうにちびちび吸いながら自分の世界に浸っている。しかし長いだけでなんとつまらない話だったか。

 こっちの反応がないのを明確に察知したのか、律儀な男は遠慮がちに感想を求めてきた。複雑な説明だったので分からなくなったらまた聞きにいくと言ったら、嬉しそうに笑窪をへこませてきた。


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