5-6



 周囲を慎重に見渡してから外に出た私達は都市正面出入り口からほぼ真逆の場所にいた。例によって機械兵を誘導するために岩山を経由してから遠く離れた平地に移動する。三十から四十の機械があちこちを歩行していた。

 日中に見る機械兵は初めて見た時と同様かそれ以上に黒かった。夢であって欲しかった光景が実際に映り込んでくる。不意にデイミロアスとロッカリーザの顔が浮かび上がった。精神は自分で感じているよりもずっとうまく準備できているみたいだった。



 一番に飛び込んだのはヴェイン。彼も腰に武器らしきものをぶら下げていたが使うまでもないと言わんばかりの剛腕が振り込まれる。青く発光する彼の身体は広範囲に及んで飛び回り機械兵を一纏めにした。



 レインはこちらに目配せをした後、あの腰の棒を左手で掲げた。

 解放したアイテルの黄色い発光に連動して、仰々しい棒からかつて一度目撃した禍々しい大鎌が一つ、二つと生えてくる。そしてまっさらだったレインの仮面が鎌の出現とともに変色。あの時に見た模様だった。

 彼女は慣れた手つきで鎌を振り回し静かに構えると一瞬姿が消えて見えるくらいの速度で飛び出していった。

 あの不自然な高さの靴は大鎌を自由に振り回すために履いていたことに気づく。多くの謎の一つに説明がついたことで胸のつかえが少し下りた気がした。



 こんな状況からでしか得られない情報があるということは、彼らはまさにこういった場所を生きる人間なのだろう。そしてこんな場所に立っている自分もまた、いずれは同じように分類される日が来る。



 しかも彼らに向ける眼差しより、もっと恐ろしいモノを見る目で……



 なぜ私が戦わなければならないのか。答えは一つ、強かったからだ。アイテル能力の有無を除外しても、だ。

 ヴェインとレインの力を測ったのはゼメロムでの戦闘の時だった。あの時点で既に二人はきな臭かった。執拗に警戒していたのは都合よく使われることが嫌だったからという理由もある。

 しかし彼らは私抜きで事足りる戦力を持っていた。これだけ確かめられればもう遠慮はいらない……



 私は乱闘の塊に突入した。

 レインとヴェイン。両者が一体に費やす時間は約十秒。

 私の気配に反応してすかさず間合いを調整する。さすがだ。

 なにも考えない。両手を前に突き出す。

 ……来た。



 掴む捻る切れる掴む捻る切れる掴む掴む捻る切れる。

 大体三秒。



 今度は複数体をまとめて処理する。五秒で三体はいける。

 ……。



 後半は私の一人舞台になっていた。レインとヴェインの二人が腕を組みながらこちらの動きを観察して、自分は黙々と捻り切る作業。これが本気ではないなんて言ってしまえば彼らの自尊心を傷つけてしまうだろうから内緒にしておくことにする。



 残りの十九体を全て切り取り終わると私の周りには残骸の沼ができていた。

 ここまで披露してしまったので今更かしこまっても仕方がない。アイテルでは再現不可能な『00』の移動を最後に見せてあげてから二人のもとに寄った。

 どん、という音が遅れて鳴り響く。こちらの動きに大気が追いつかないと鳴ることがあった。

 私はこれを『空気が破れる現象』と勝手に呼んでいる。


「マジですげえな。全部処理しやがった。ションベンちびっちまうところだったぜ。これ見た男は確実にへたるぞ」

「これは少し体に悪いかもね。戦力とかの次元じゃない。まさかここまでだったなんて」


 褒められているというより人として蔑まれていると受け取った。決しておごっているわけではない。アイテルの代替に位置づけてもまだ足りないくらいだ。交換できるものならすぐにでもしたい。

 この身体と私は絶大な力を持っている反面、非常に相性が悪いのだ。


「すみません。これで良かったのでしょうか……」

「ええ、これでいいはずよ。あとは適当に都市の中に持ち込んでも問題なさそうな部品を拾って帰るだけだから」

「拾った後の残りはこのままにしておくんですか?」

「その必要はないわ。ほら」


 レインが指差した方向におそらく三体の見たことがない小型の機械が立っていた。立っていたという表現が正しいかどうか自信がないが、それらの足は四本あった。


「はじまる前に拾っておきましょう」


 二人は黙々と選別作業をはじめる。あれも破壊してしまえばいいのにと発言したかったが、どうせまた難解な回答をしてくるだろうと思って諦めた。

 適当に拾い終えて遠ざかると、三体の四つ足は見えないなにかで機械兵の残骸を吸い寄せるように集めた。空中に飛び上がり、一繋ぎにくっついた残骸の線が風に揺られて小さくなる。三体はそれぞれ別の方向に飛び去っていき、地上に作られた機械の沼は綺麗さっぱりなくなっていた。


「あれはなんだったんですか?」

「見てのとおり、カウザの機械兵よ」

「さっきまでのとは形が違いますよね」

「そうね。きっと用途が人型と異なるのだと思うわ。あの『犬型』にはちょっと頭を悩ましていてね。ねえ、ヴェイン?」

「あーのワンコロの野郎、こっちが攻撃を仕掛けても逃げやがるばっかりでな。しかもやけにすばしっこいときてる。部品回収のためだけに来ているみたいだが、たぶんあれは人型よりも強い。ほんと頭にくるぜ」

「あの、イヌってどういう意味なんですか?」

「あらあなた、もしかして人間以外の動物を知らないの?」

「話でだけ聞いたことはありますけど、見たことはありません」

「そう。犬っていうのは大昔の人間が個人的な理由で飼っていた動物のことよ。当時の人間は異種の生物との共同生活を娯楽の一つとして捉えていたみたい。文明崩壊の際に生き残った人類の側で助かった犬や猫なんかが現代にもわずかに生き残っているの。都市に戻ればいるかもしれないわね」

「しっかし奇妙だよな。カウザっていう奴等の星にも犬の形をした動物がいるんだろ? まさか人間そっくりなやつもいたりしてな」

「そういう分野についてはシンクが詳しいでしょうから戻った時に聞いてみるといいわ。それよりもレシュア……」

「はい」

「私と、軽く手合わせしてみない?」


 あの仰々しく戻った派手な装飾の棒を地面に突き立てて背伸びをしたり首を回したりしている。

 意図が掴めない。私の『00』を舐めているのだろうか。

 アイテルなしの体術勝負なんかしたら死んでしまうかもしれないのに。


「心配しないで。私も鬼じゃないから手加減はしてあげる」

「は?」

「それじゃあ、こっちから行くわね。しっかり受け止めなさいよ」


 瞬きをし終える前に彼女は適応内に侵入していた。

 反射的に両手を構える。

 こちらの手加減を意識する時間も与えない速度の手の平が私の脇を、抜けた!?



 ……そんな、うそでしょ?



「これが、大人の授業よ」



 ヴェインは一人胡坐をかいて退屈そうに空を眺めていた。


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