5-5



「取り込み中のところ失礼するぜ」


 ヴェインがつかつかとこちらに歩み寄ってきてレインの耳元に顔を近づけた。なにかを話しているみたいだった。

 レインは彼の伝言に小さな声で了解したと告げる。するとヴェインはさっと立ち上がって部屋を出てしまった。


「機械兵が降ってきたそうよ。数は不明とのこと。どうする? シンク」

「うーん、今出て行くのは少々危険かもしれませんね。かといって契機を逃すのももったいないですし。そうですね、レインさん、あなたにお任せしますよ」

「そう。じゃあ出るわ。『この子』を軽く見て頂戴」


 私から意図的に距離をとったレインは腰に着けた仰々しい棒をシンクライダーに投げつけた。シンクライダーは怯えた顔をしてそれを両手で受け取る。


「レシュア、あなたはここに残る?」


 一番聞きたくない言葉が耳に入り、咄嗟にメイルのほうを向いてしまった。

 彼もまた見てはいけないものを見たような気がしたのか目を逸らしてしまった。

 あれだけ危険だと説明された機械兵のもとにまるで食事にでも誘うみたいな口調で問いかけるレインと、それを不審がらずに受け答えしようとしている自分。

 おそらく彼の目には普通ではない者に見えていることだろう。

 残念ではあったが、嫌われるのがこんなに早いならそれはそれで清々しい心地がした。


「……行ってこいよ。あんた、強いんだろ」

「どうして、それを……」

「ここまで連れてこられて気づかないやつがいるかよ。それとな、言いたいことがあるんだったら帰ってきてから言え。もたもたしてたら侵入されるぞ」

「……で、でも」

「俺はあんたを心置きなく戦わせるための補助をするために呼ばれた。なあ、そうなんだろ?」


 レインの渡した棒を確認し終えたシンクライダーがメイルに笑顔で応えた。


「……あの、レインさん。よろしくお願いします」

「そうこなくっちゃね。あと、戦場でレインさんはやめて。戦いの妨げになるだけだから。呼び捨てが好ましいわ。なんだったらリリーでもいいのよ」


 医療室に残る男性二人に背を向けて歩き出そうとしたがなかなか前に進んでくれない。彼の突き放した言葉も十分堪えたが、それ以上に『あんた』と言われたことがとても悲しかった。

 もう彼の目には事務的に処理をする対象としか映っていないのかもしれない。辛い現実になってしまったがそれならそうで今は受け入れるしかないだろう。冷めた関係でも遠くに行ってしまうよりはずっとましだ。

 意を決して一度も振り向くことなく医療室の扉をなんとか抜けると、建物の壁に凭れたヴェインが凛々しい瞳を光らせて待っていた。


「避難通路から外に出る。ついてきな」

「あ、あの、私は」

「心配すんな。こちとら姫の足を引っ張るほど能無しでもねえよ」


 小走りで追いかけたがためにヴェインの背中が近くに寄ってしまったのですぐに領域分の距離をとる。すると後ろから右肩に温かい手が乗っかってきた。

 レインの手は想像していたよりも小ぶりでふんわりとしていた。


「あまり気にし過ぎないように。あなたはあなたの安全に集中しなさい。さっきも忠告したけれど、人のこといちいち気にしている余裕があるなら一体でも多く行動不能にして頂戴。無理だと思ったら下手に手を出さずに観察、いいわね?」

「……分かりました」

「あとね、お節介だったら無視してもらって構わないけれど、これが終わって帰ったら、話したいこと全部話してしまいなさい」


 相槌を打つのが若干照れ臭かったのではにかんでみせると、仮面に空いている穴の暗がりに目を細めている女性が一瞬だけ見えた。


「サクッと片付けるわよ」


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