3-2



 夜が明けて目を覚ました私は、これから外に出るという彼の後をついていった。

 どこまでも続いている緑の大地が城からでは聞こえない自然の声をさらさらと発している。私はその景色にとてつもなく大きな星の命を感じた。


 彼とは草原に生い茂る草の話や近くを流れる川の話や森に聳え立つ木の話などをした。木の登り方を教わって二人で太い枝に寄りかかってこの世界の話なんかもたくさんした。

 これもまた、鮮明に記憶している。


「……人間はどうしてこの星に生まれてきたんだろう。メイルは知ってる?」

「知らないね。知りたくもないね。そんなことを言うんならこの星があることだって不思議なもんさ。世の中なんてほとんど意味の分からねえもんでできてるんだよ。不思議が何回も重なってそれが俺達の知らねえ昔からずうっと繰り返されて、その途中でたまたま俺達みたいなのが生まれて、まあそんなもんだ」

「そうなのかなあ。意味がないなんてことはないと思う。なにかを感じることはない? 例えばアイテルから響いてくる宇宙の声、みたいなの」

「お前、難しい言葉使うのな」

「お前じゃない。マーマロッテ」


 マーマロッテとは『遠足』で使用を許されている私の名前だった。

 王族は基本的に城の外を出てはいけない決まりになっている。あの日は女王の特別許可をもらっての外出だったので、地上の人間に素性を知られないように別名を名乗っていたのだ。


「お、おう。んじゃ、マーマロッテ。言っとくけど俺、アイテル使えねえから。そういうの分かんねえんだ」

「え? 嘘でしょ?」

「本当だって。嘘をつくならわざわざそんなこと言わねえって」

「もしかして、アンチアイテル?」

「なんだそれ。全然美味くなさそうだな」


 アイテルを使えない人間が地上で生活していることなどありえない話だった。ならば彼も私と同じように無効化の能力を持っているのだろうかと思った。

 でもそれは絶対にありえないことだった。地上の人間に私のような能力を持っている者などいるわけがないのだから。



 やはり彼は嘘をついていたのだろうか……

 真実は未だに分からない。でも少年の瞳は、純粋な輝きで私の目を見ていた。



 温まりはじめたせっかくの仲を不要な真実の追求で壊したくなかったので、私は彼の言葉をそのまま信じて別の興味に話を変える。


「ねえメイル」

「なんだ」

「その首にかけているもの、なあに?」

「ああこれか? これは自分で作ったお守りだ」


 それは青く光る小さな石が吊るされた綺麗な『首飾り』だった。

 じっと見ているとその美しい輝きに意識が吸い込まれそうになった。


「ねえ、それちょうだい」

「なんでだよ。これは俺の大事な宝物だぞ。絶対にやらねえよ」

「へん。けちんぼなんだ」

「勝手に言ってろ」

「……ねえねえ、メイル」

「今度はなんだよ」

「メイルはさ、地球のこと好き?」


 少年は無邪気な笑みを浮かべながら眉をひそめた。


「変な質問だな。嫌いじゃねえよ。地球がなけりゃ今こうして生きていられないだろ。家族みたいなもんさ」

「愛してるの?」

「お前馬鹿なのか? んなわけねえだろ。そういうんじゃねえって」

「もしもね、この星を壊してしまう人がメイルの目の前に出てきたら、どうすると思う?」

「怒るだろうね」

「それでもやめなかったら?」

「殴ってみる。そんで勝てなさそうだったら逃げるよ。死ぬのはいやだからな」

「この木もさっき見た広い草原も全部、ダメになっちゃうよ」

「しょうがねえし。弱いもんが強いもんに勝てないのは仕方のねえことだ。それが自然ってやつさ。俺達を守ってるのはその自然なんだ。自然より強いやつが出てきたのなら諦めるしかねえ」

「ふーん、そうだよね」

「ああ、そういうもんだ」


 彼の答えの意味をあの時は理解できなかった。ぼんやりとした羨望だけで接していたので、初めて会った兄のようにしか見ていなかったのだ。

 それほどに、当時の彼は眩しい存在だった。



 木から下りて一旦家に帰ると言うメイルの後ろにくっついていると、私達を監視していたルウスおじさまのもとに捜索していた軍兵が安堵した様子で近づいてくるのが見えた。

 夢から覚める未来を直感的に感じ取った私はメイルに気づいてもらえるようにわざとらしく泣いた。不安でいっぱいの表情になって身体の痛い箇所を確かめる彼を無視して泣き続けた。

 次第に本当の悲しみが押し寄せてきて感情が抑えきれなくなると、素直になれない自分に耐え切れなくなって顔を両手で隠した。



 それはとても不思議な気分だった。

 大切な兄を胸の中心から引き剥がされたような感覚。

 もう二度と会えないかもしれない。

 そう思うと、私は無意識に叫んでいた。




 ――せっかく見つけたというのに。やっと出会えたというのに。




「……レイン」

「なに」

「お目覚めのようだぜ」


 顔を上げるとヴェインの虚ろな横顔が映っていた。


「降ろしてもよろしいですか? お姫様」


 私を抱きかかえていたヴェインはこちらの返答を待たずにそっと立たせた。

 見渡すと辺り一帯に野原が広がっている。

 二人の後ろで照りつける日光が目に刺さり、眼球の奥がズキズキと痛んだ。


「ここは」

「見ての通りよ。地下都市から約二キロメートルってところかしら。顔色少し直ったみたいね。一人で歩けそう?」

「たぶん」

「無愛想な返事。信用されてないって結構辛いのよね。まあ、若いってことで今日のところは許してあげるけれど」

「ゼメロムは、地下都市はどうなったんですか?」

「なに焦っているのよ。会話もまともにできないの?」


「……そろそろ時間だな」

「あら、そうみたいね」


 彼らが振り向く方向を目で追う。

 遥か前方の地面がゆらゆらと照り輝いて地上を映し出していた。



 黙って眺めている二人に倣って見ていると……ゆっくりと地面が盛り上がって、直後に白い光と砂煙が弾けるように噴き出した。

 遅れて鼓膜が破れそうなほどの強烈な爆発音が鳴り響く。

 直後に地面が揺れて、真正面から砂粒を含んだ暴風が吹いた。



 二人は私を庇うように覆い被さって時折目を瞑りながら強風を受け流す。

 なにが起こったのか分からずに混乱していると、女性のほうがぽつりと呟いた。


「あれが、ゼメロムよ」


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