4-1 メイルside 策略は崖の後ろに / pupil's rejection



 人が人を殺すことは明日の己を殺すことに等しい。

 育ての親からこんな言葉をもらった記憶がある。いつの頃だっただろうか。もう憶えてはいない。

 生物はいかなる場合でも対等に支え合わなければ種を存続することはできない。遥か昔の人間が犯し続けた末に見につけた知恵なのだそうだ。心底くだらないと思った。



 平穏が心を狂わせる。それを自由という名の快楽で埋めようとする。結果、人間は個を確立するために人間を殺す。これは自然との同調の解釈を誤っただけの差だ。昔の人間は間違ったのではなく、気づけなかっただけなのだ。

 初代女王が現時代を立ち上げる前に生き延びた人間にはアイテルの保護があった。その生物の平等を裏づける画期的進化は今も平和思想の礎になっている。アイテルの理解があるからこそ成り立っている世界が現代であると。

 本質的には先祖と同じなのだろう。現代人も心の奥底では平穏に辟易し、快楽を求めたがっているに違いない。

 アイテルは星の意思に同調してはじめて触れることができた。この時代にとってアイテルを捨てることは死ぬことと等しい。ゆえに今の人間にとって快楽と命は比較対象になっているだけのもので、枷が外れさえすれば人なんて簡単に殺してしまうのではないのか、そんな気がするのだ。



 俺は大人になってもアイテルが使えなかった。当然理解はしている。それでも無理だった。

 案の定、俺は地下都市の入居条件に引っかかった。育ての親のゲンマル爺さんはアイテルの達人だったが、こんな俺のためにわざわざ地上の住居を建てて一緒に住んでくれた。

 素直に嬉しかった。アイテルを習得する上で最も重要な心を疑うのではなく、俺の身体のほうを疑ってくれたことがなによりも嬉しかった。

 二人だけの暮らしは悪くなかったと思う。爺さんに少し抜けているところがあったとしても、それを笑顔に変換できるだけの穏やかな日常は確かにそこにあった。



 そのはずなのに、



 二十一年という時間を共にしてきた俺のたった一つの家が今朝、滅茶苦茶に壊された。畑も意図的に荒らされていて、地下に逃げ込んだ俺と爺さんは怯えながらいなくなるのを待つしかなかった。

 王軍の奴等に違いなかった。時折監視に来るやつがいた。アイテルを使えない人間を危険視していたのだろう。いつか来るかもとは思っていた。



 静かになるのを慎重に確かめてから外に出てみるとそこに自分という存在を否定する以外のものは置かれていなかった。爺さんは眉をひそめてただただ微笑んでいた。

 俺達は家と畑を奪われたのではない。未来を没収されたのだ。平和と平等を謳った利己主義に無欲な非人民が殺されたのだ。


 この経験で得たものは現代に人を殺す者の存在を明確にした揺るがない事実だけだった。もう誰でもいいと思った。星が欲しがっているものを体現させて、偽善を世界に証明させてやってもいいと腹をくくった。



 畑を抜けた丘の上に三人の男女が立っている。そのうちの二人は王軍専用の管がついた保護具にそっくりなものを着ていた。

 俺は爺さんを地下に押し込んでそいつらのいるほうへ走った。

 鍬を持った右手が激しく震える。

 頭が凍りついたみたいに冷たい汗が出て、首の筋に垂れた。

 姿がはっきりしてくると、三人の真ん中に立っている『小柄な女』が一番若く弱そうに見えた。


 振り上げた鍬の刃先をその女に向ける。

 その高貴な物腰が、振り下ろす右腕に勢いをつけさせた。


「このクソ野郎どもがよおおおおお」

「どうする?」

「一応、様子を見てみましょうか」

「え?」


 綺麗に当たった感触がした。

 だがどういうわけか目の前の女は無傷と言わんばかりの顔をしている。

 なにが起こったのだろうか、などと悠長に構えていると相手はすかさず振り下ろしたこちらの右手を素早く掴み取り、その柔らかい手で捻られた俺の身体を軽々と投げ飛ばしてきた。

 危険を感じるよりも先に視界がぐるりと一周する。


 気がついた時には背中と後頭部が地面とくっついていた。

 目に飛び込んだ雲が雨雲のようにぼやけている。


 そして俺は、そのまま眠るように意識を飛ばした……


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