4-2



(……そうなのよ。死んでいるのかと思って周りを確かめたらこの家の残骸が見つかって……。本当に良かったわ。いいのよ礼なんて。偶然通りかかっただけだから。え? 女王様? あの子が? お爺ちゃんさすがね。でもほら、女王様亡くなったでしょ? 違うわよ、彼女は王女様。三姉妹の真ん中のレシュア様よ。え? 知らないの? 挨拶したい? そんなのさっきしたじゃないの。それにほら、あの子達なんかいろいろ訳ありみたいな雰囲気じゃない。そっとしておいてあげましょうよ。……ああそれでね、話は変わるんだけれど、今日ここに泊めてくれない? なんでかって? ゼメロム知っているでしょ。あそこ壊れちゃった。それで私達次はリムスロットに行こうと思ってるの。結構遠いでしょあそこ。え? リムスロット知らないの? 地下都市リムスロットよ。そうそう、山の近くにある、うん、そこそこ。というわけなの。え? ちょっと待って。どうしようかな。お爺ちゃんまともに歩ける? ふふふ、馬鹿になんてしてないわよ。……あらまあ、お爺ちゃんがそうしたくてもあそこの彼がなんて言うかまだ分からないんだから、目を覚ますまでその話は保留にしましょ。ねえ、それよりさ、これってもしかして受像機? ヴェインもちょっと見てよ。確か大昔の人がテレビって呼んでたやつよねこれ。お爺ちゃんこれ映るの? ほんとに? 動力は? ちょっとすごいじゃない! ヴォイド経由で電気を作ってって、抵抗はどうしてるの? え? お爺ちゃんが考えたんじゃないの? ……へえ、彼がね。ちょっと、映るかどうか見せてよ。ほら、今日城からの放送がある日でしょ? 大丈夫よ。映らなかった時はこっちで見るから。ほら、点けてみてよ……)


「ぅる、せえなぁ……」

「あ、起きた」


 声のするほうに目をやると、綺麗な若い女が目を細くしてこっちを見ていた。

 穢れを感じない大きく澄んだ目に小さく整った鼻、女らしいふっくらとした口にまだあどけなさの残る丸めの顎。見る者の心を優しく包んでくれるその表情には、美しいという感情以上のなにかが備わっているように思えた。


「あんた達が、ここまで運んだのか?」

「うん。ヴェインさんがね。後ろにいるでしょ? あの男の人。でもさっきのことはお爺様には内緒にしておこうってレインさんが……、えっと、あの仮面つけた人」


 雰囲気から察するに、どうやらこの人は俺が目を開けるのを待っていたようだ。


「いきなり襲って悪かったな」

「いいの。こっちこそごめん。なんとなく気持ち分かるから。それに事情はさっき聞いたし……」

「怪我はしていないか?」

「私は大丈夫」

「そうか」


 肩まで下がった銀色の髪がこくりと頷いた時に波打って揺れた。

 部屋の照明が不自然に乱れた毛髪を鮮明に映し出す。


「……久しぶりだね。メイル」

「どこかで会ったか?」

「憶えていないの? 私、マーマロッテだよ」


 心臓が止まるかと思った。さっき仮面の女が喋っていた話によれば、彼女はゾルトランス城の王女ということになる。

 いまひとつ状況が飲み込めない。起き上がったほうがいいのだろうか。

 それとも『あの頃の少女』として普通に接するべきなのか。

 ……やはり、前者だろう。


 上半身を無理やり起こそうとして首に力を入れるとなぜか後頭部に激痛が走った。

 その様子を間近で見ていた対象の人物は、困った顔をして起き上がらせないように肩を押しつけてきた。

 どうやら後者が正解だったようだ。



 ……マーマロッテ。

 忘れもしない、俺のために涙を流してくれたたった一人の他人。

 あんなことをされて、忘れるやつなんているわけがない……



「ちょっと、動かないじゃないの。お爺ちゃんもしかして緊張してる?」

「あれ、おかしいのう」



「変圧器の設定を五十に変更! それで駄目なら電力不足だ!」



「あら、彼氏起きてるじゃない。もうレシュアったら、それならそうと早く教えなさいよ。危うく悪口言うところだったわ」


 仮面女はよく喋るだけに存在が矛盾している。

 そこまで会話を楽しみたいのなら、まずはその面を外せばいいのに。

 しかも足音がやたらうるさくて不快だ。


「あいつらは、その……、マーマロッテとはどういう付き合いなんだ?」

「それがさ、うまく説明できないんだよね。私も今日知り合ったばっかりなんだ」

「なんだそれ、あいつらは王軍の奴等じゃないのか?」

「うん、ちょっといろいろあってね。へへへ」


 申し訳なさそうに微笑む彼女は俺のもとを離れなかった。他の三人は向こうの座敷でまだ言い合っている。

 もう一度彼女を見た。言葉を待っているようだった。

 間違いではない。彼女は俺のほうを見て話している。心を寄せてこようとしている。


 信じられなかった。自分が情けない存在だという事実を反芻するほど、裏に潜むどす黒い現実がみるみるうちに膨れ上がって襲いかかってくる。

 そもそもこの女が十一年前に出会った少女だという証拠はどこにもない。

 冷静に対応しないとこいつらに自尊心を食い尽くされてしまうだろう。


「あ、映像出たみたいだよ。メイルも見たい?」

「いや、音が聞ければそれでいい」


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