2-3



「なーにやってるのよ!! あなたも早くこっちに来なさい!!」


 なにかが聞こえたような気がして我に返る。それは女の人の声だった。語気は強いがどこかふわりとした安らぎを含んだ落ち着く声だった。


「ったくあの子、こんな時になにをやっているんだか。……ごめん! ちょっと喝入れてくるわ。生き残った人達の誘導を最優先でよろしく! すぐに戻る」



 ……もうカラダの中は空っぽのはずなのになんでだろう、目から涙が止まらないよ。もう耐えられない。逃げ出したいよ……



「……ょっと! 聞いてるの! しっかり……なさいよ!! それでもあなた! ……なの!!」


 ばちん、という大きな音と右頬の鈍い痛みが目の前に立っている人物を教えてくれた。潤んで不鮮明になっていた視界を汚れた手の甲で拭う。すると上下とも真っ赤な服を着た仮面の人物が映り込んできた。右手には仰々しい鎌を持っている。

 仮面には抽象的な赤と黒の線で描かれた人の顔らしきものがあった。目と鼻と口の部分がくり抜かれていてそこだけが奇怪な黒い影を作っている。服は住民とは明らかに違う密着型の防護服、ダクトスーツによく似たものを身につけていた。どうやら機械ではなさそうだった。


「あなた、戦えるんでしょ?」

「……どうして、それを」

「今それを説明している暇はないわ。やれるんなら手伝って。で、どうするの!」


 夢の中にいるのではないかと思った。実際はもう死んでいて、なにか面白くない会話をしているのではないかと。

 すると、ばちん、ともう一発もらった。痛みだけはずいぶんはっきりしてきた。


「もういいわ。そのかわり、あとで存分に後悔しなさい」


 そう言い残して仮面の女性らしき人物はもといた場所に戻ってしまった。

 心配は無用だ。私はもう、十分に後悔している。



 疲労と混乱と動揺で身体が固まっても視力だけは正常に働いていた。

 彼女の行動を目で追っていると他に一際動きの機敏な男の人が一人、機械の攻撃を誘いながら住民達を避難させているのが見えた。

 二人ともかなりの実戦を重ねているかのような無駄のないアイテルを放出している。やはり彼らも力量を測る対象だった。



 ……私の存在はあなた達のアイテルを余すことなく『無効』にしてしまう。アイテルを使えないのではないの。いくら使ってもこの身体が全部打ち消してしまうから表に現れないだけなんだ。あなた達まで死んでしまったら助けられる命まで取りこぼしてしまう。だからそっちにはどうしても行けない。言葉にできなくて、ごめんなさい……。



 居住区域の惨状を瞳に映しながら、これを最後の涙にしようと決意した。

 弱くてもいい。卑怯でもいい。

 どうせ私は、明日にはいなくなっている傀儡にすぎないのだから。


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