2-2
デイミロアスとロッカリーザは私に早く逃げて欲しかったのではなく、自分達が死ぬところを見せたくなかったのだろう。どうせ味わう痛みなら軽くて早く癒える傷のほうがよい。だからあんなに必死になって叫んでくれたのだ。
なのに私は、彼ら二人が機械に攻撃を入れた直後にその力量を測ってしまった。そういう教育を施されていたとしても絶対にしてはいけないことを知りながら、しかも足手まといは私のほうだったというのに、彼らのことを格下を見るような目で、何度も、何度も……
……本当にごめんなさい。本当に、ごめんなさい。
私は二人の身体を仰向けに寝かせて周辺にある土を片っ端から掘り起こし、それを被せた。そして機械と衝突する前に千切って捨てたスカートの布を重量のある石と靴で固定させる。布は再びここへ来た時の目印にするためだった。
ふと我に返ると両手は傷だらけになっていた。おそらく土に混じった砂利や小石が擦れたせいだろう。しかも必死になっていたせいで物音に気づかれる危険を考えていなかった。もしかしたら心の中で新手の機械が来ることをを望んでいたのかもしれない。あれくらいの相手なら複数が束になってきても対処できる自信はある。
だが数分待ってみても機械どころか軍兵ですら現れることはなかった。
結局私は、後ろ髪を引かれる思いを振り切ってこの場を離れることにした。
あと二時間もすれば日が昇ってしまう。王城の人間に見つからないうちに都市へ駆け込みたかったのでありったけの体力を搾り出して走った。
森の湿気で汗ばんだ胸元が透かし編みの布に張りついてくる。現実が私を逃がさないように感覚で縛りつけているのではないかと疑った。意識の足場を失ったことで追い詰められた精神が破裂する音がしたような気がした。
目からは涙が零れ落ちている。それすらも身体から抜けるのがもったいないと思い瞼を閉じて走った。水分が失われると体力を著しく消耗するなんてことを考えている自分に腹を立たせながら、一心不乱に腕を振って……
「あっ」
転んでしまった。身体が走っていた速度に任せて地面との接触と回転を繰り返す。うつ伏せの状態でついに回転が納まると、今度は自分の情けなさに耐え切れなくなって咽び泣いた。
……どうして生まれてきたんだろう。どうして今日まで育てられたのだろう。誰がなにを必要としていたのだろう。こんな出来損ない人間ために……。
もう考えるのはやめようと決めていたことをしつこく引っ張り出す。今日まで使用人だったアザミさんがここにいたらきっといつものように頬を叩くだろう。そして優しく抱きしめて、誰かを悲しませることは絶対に許しませんと叱ってくれたに違いない。
どうせなら最後にもう一度駄々をこねておけばよかった。こんなに弱い自分と向き合うのはこの先耐えられそうにない。このままだと本当にどうにかなってしまいそうだ。
しかしそんなことを考えつつも、誰かの助けを求めてもがき苦しんでいる自分がいる。生き続けても非難されることのない新しい人生の居場所。そんな夢物語の中でしか出会ったことのない、現実と真逆の世界が実際にあると今でも信じていた。だから……、
私はもう一度だけ立ち上がることにした。
これ以上泣き続けていると本当に脱水してしまう。とにかく今は走り続けるしか生き残る方法はない。そう自分に言い聞かせて、私は闇に包まれた大地を突き進むことにした。
十分程走った先に目的地である都市『ゼメロム』が見えた。森を少し抜けた草原の一画にその入り口は確かにあった。
この世界に点在する都市は全て地下に建設されている。初代女王が自然災害から人間を守るために最も安全な環境を考慮した結果なのだそうだ。これらの知識は全部ルウスおじさまから教わったものなので実物を見るのはこれが初めてだった。
入り口は十人ほどの人間が横に並んで通れるくらいの広さでいつ誰が出入りしてもいいように開かれていた。ここからでははっきりと見ることができないが中はなだらかな下り坂になっているようだ。
「ん!?」
また声を出してしまった。後ろを振り向いて観察する。日がもう少しで昇りそうだったので草原はうっすらと青味がかっていた。
疲れているせいか視界がぼやけて見える。なにかが動いているようにも見えるし、なにもかもが止まっているようにも見える。
すると物陰から不自然な葉の擦れる音がしてそれは現れた。突然だった。
人型の機械だった。今度は複数いる。数えている余裕はなかった。
待ち構えようと力を込める。
……来る! 来るぞ!
……いや、来るな! 来ないでくれ!
普段の思考であればここを戦闘場所にするはずなのに、どういうわけか私の身体は都市の中に逃げ込んでしまった。
自分でも信じられない。いくら体力がなくなっていたとはいえ死ぬ気で戦えば倒せない相手ではなかったのに。
しかも都市の中には大勢の人が生活している。無意識だった。心細いと感じたのだろうか。もしくは戦い続けることへの孤独を誰かと分かち合いたかったのだろうか。自分でももう、分からなくなっていた。
そして、取り返しのつかない悲劇がまたしても視界に飛び込んでくる。
おおよその見当はついていた。分かっていた。でも私は自分で分かっていてそうした。
どうして都市の入り口で機械を相手にしなかったのか。何度も自分を問い詰めてみる。でも答えは悲しみという涙として流れてくるばかりだった。
地下都市の内部に潜り込んだ機械達が居住区域の住民達を次々と殺していく。
心と気力を失った身体はただ茫然と見ていた。
……私のせいじゃない。
……私が殺したんじゃない。
……私はあなた達のことを知らない、ただの廃棄物なんだよ。
……だから、ごめんなさい。
……弱い人間に生まれてしまって、本当にすみませんでした。
私は、これを最後まで見届けた後に自殺しようと思った。
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