1-3
「レブローゼ議長。一つ、よろしいでしょうか」
「命乞いなら結構だ。予定に変更はない」
「そうではありません。あなたはわたくしをレシュアと思われているようですが、もしこの身体がマレイザのそれだとしたら、あなたはその杖をお振りになれるのでしょうか?」
マレイザとは姉の名である。そして次期女王に最も近い人間の名でもある。
「ふん。構わんさ。彼女なら私程度のアイテルなど造作もなく跳ね飛ばす。それに今の兵への対処も事前に打ち合わせでもしていればさもアイテルを扱えるように見立てることもできる。安心したまえ、貴様は正真正銘の不要物だよ」
半分正解、半分不正解といったところだ。確かにルウス軍師は私の処分に反対を訴えたことがあったし、軍兵全員ではないが彼に強い忠誠心を持つ者もいた。
でも私はアイテルを『完全』に使えないわけではなく、それに不要物ではない。
「そうですか。ではどうぞ、お打ちになってください」
両手を真っ直ぐに突き出して、体勢を整える。
レブローゼはためらいがちに錫杖を鳴らしてこちらに向けてきた。
「もしや、打たないとでも思っているのか?」
元老院は女王の思想があっての存在にすぎない。いわば彼らにとって女王とは神に等しい存在であり、神を傷つける行為とは己の死よりも深い罪を背負うようなものだ。
女王の遺伝子を継いだ私に直接攻撃を仕掛けることの危険性をレブローゼは誰よりも理解していた。だからわざわざ議会にまで持ち込み、廃棄処分などという事務的な言葉を用いたのだ。
「時間稼ぎをしても無駄です。兵隊達はまだ起き上がれませんよ。手加減しませんでしたから」
ルウス軍師も他に倣って床に突っ伏してくれている。もしかしたら本当に気を失っているのかもしれないが。
「貴様、この私を試そうとしているのか。ゴミの分際で!」
「はいはい、もう分かりましたから早く打ってごらんなさい。あなたにとって悪いことは一つも無いのですから」
挑発にうまく乗ってくれたのか覚悟が決まったのか、レブローゼは、ええい、と声を上げて杖を振り下ろした。
思っていたよりも弱いものが飛んできたのでわざと肩に当たるように身体を傾ける。当たったであろう具合を見計らってからうつ伏せに倒れてみせた。するとしばらくして背後からわなわなとした言葉にならない声が聞こえてきた。
近寄って確かめるのだろう。触れてきた瞬間が勝負だと思った。
案の定、彼の指先は血が流れているだろう右肩に触れてきた。
私は立ち上がる。
無傷の右肩に視線を向けたレブローゼから顔を離して背後を取った。そして後方から肩を叩き振り向かせてから下腹に掌底を打ち込む。
特殊な繊維で加工された議員専用の着衣はとても分厚い作りだった。期待していた感触は得られなかったが、それでも正面に立つ初老の男性は大して苦しむ間もなく前のめりになってそのまま倒れてくれた。
口の隙間からは演技とは思えない泡が、だらりと垂れ落ちる。
「あなたの正義は確かに受け取りました。マレイザお姉様とステファナのこと、よろしくお願いします」
見返りのない礼に応えてくれたのか、元老院議長は弱々しい息をぶくぶくと出した。
裏口がある軍兵宿舎の通路の方向に進む。歩き慣れない靴の音が護衛の二人を立ち上がらせた。
「我々のことはどうかお気になさらずに。ここには戻らないつもりで志願したのですから」
「うん、分かってる」
それしか言えなかった。それ以上のことを言うと二人の大切な志を台無しにしてしまうかもしれない。とにかく今は城を出ることに集中しようと思った。
軍兵達が倒れている通路を抜ける。私はそうするべきではないことを分かっていながら、ルウス軍師のところで止まってしまった。
「今日までのこと一生忘れませんから」
声をかけても応答がなかったので通り過ぎようとした、その時。
「それはこっちの台詞ですよ」
危険を承知で返してきたその言葉に私の今までの人生が集約されていた。人は誰かに愛されてさえいれば、どんなカタチをしていようとも無駄な存在など無いと。
「行ってきます。おじさまもお元気で……」
走った。二人には私の前を守ってもらい、私は来るかもしれない追っ手から彼らを守る。裏口まではあと十数秒の距離、スカートを両手で摘んでとにかく走った。
後方の大広間から誰かの叫び声がする。軍兵になにかを指示しているみたいで後ろを振り向くとこちらのほうを指差している人影が見えた。宿舎で休んでいた軍兵達も目を覚まして通路から顔を出す。
裏口がはっきりと見えてくるにつれ、通路は徐々に闇を纏いはじめた。
あと、五メートル。
三メートル。腰に力が入る。
一メートル。塞ぐには手遅れの距離。
滑り込む。
そして……。
私達は城を出た。
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