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 ここゾルトランス城は大まかに、地下三階と二階が王の居住区域、地下一階が元老院の居住区域と円卓の間、地上一階に軍兵の居住区域と訓練場や観測所、二階は使用人と王女の居住区域、そして最上階の三階が私の部屋で構成されていた。

 よって私達は唯一の経路である一階に向かわなければならなかった。


「就寝時間はとっくに過ぎているのでなにも起こらないとは思いますが、一応静かに歩きましょう」


 ロッカリーザは私の足音を気にしているみたいだった。綺麗に磨きこまれた石の床はこの靴と相性が悪いらしく、どんなに優しく歩こうとも、こつ、と小さな音を立ててしまう。


「この程度の足音ならきっと大丈夫。大丈夫だから」


 異様な興奮を抑えながら一階に辿り着く。

 なにも起こらないで欲しいと脳内で何度も呟いた。一旦部屋に戻ってもう一度ゆっくり考え直そうかと思ってしまうほど臆病な気持ちにもなった。


 想像以上に混乱していた思考をなんとか落ち着かせようと床を見つめる。

 すると、デイミロアスが小さく驚きの声を発した。


「あれは」


 彼の視線の先には軍兵宿舎に繋がる通路に集まる軍兵達とルウス軍師がいた。

 一気に緊張が高まる。……だが、

 よく見てみるとそこに立っていた全員が声を出さずに笑顔でこちらを見ていた。

 手を振りながら別れを告げる者、ただ寂しそうに見送る者、そして腕を組みながら微笑みかけるルウスおじさま。その後ろに立つ一人の兵が早く行けと身振りで伝えている。


「レシュア様、行きましょう」


 ロッカリーザの言葉で我に返った私は目の奥がじわじわと痺れるのを堪えながら中央階段を下りた。

 裏門の出口は既に開いてあるので彼らの身体をすり抜けさえすれば脱走は成功する。


 と、思いつつ歩き出したその時だった。 


「やはり、抜け出すつもりだったか」


 ルウス軍師達の死角、正門の影にその人物は立っていた。


「レブローゼ議長……」


 グランエン・レブローゼ。元老院議長であり、現最高指揮官である。


「おい、そこの護衛。……分かっているだろうな」


 前に立つ二人が瞬時に私の盾になる。同じ志を持っていた人間が急に別の生き物に変化したかのような反応だった。

 彼らならきっと命も投げ出すだろう。その強い決意がレブローゼに向ける姿勢に現れていた。


 ルウス軍師達は事態に気づいて視線を落とし、次に起こす行動の辛さに耐えるためか肩を大きく揺らしていた。


「脱走者だ! 捕らえよ!」


 軍師の一声にやや遅れた反応で後ろに構えていた軍兵が、やけくそなのか涙声なのかはっきりしない声を上げて一斉に走ってきた。


「捕らえるのではない! 殺せ! 殺してしまえ!」


 レブローゼも特殊なアイテル補助器である『錫杖』を構えて攻撃の態勢に入る。

 今の状況を見るに注意すべき敵はレブローゼ一人だけだろう。彼の攻撃だけをうまくすり抜けさえすれば誰の命も無駄にはならない。

 だがこのままではデイミロアスとロッカリーザは確実に錫杖の餌食になる。



 ……こうなったら、私が盾になるしかない。



「これからあなた達の背中に手を当てるから、それを合図にゆっくりと倒れたふりをして。そして私が宿舎、裏口の方へ歩きはじめたらためらわずに立ち上がり私のあとをついてきて」


 二人は微かに聞こえるかどうかの提案にちらりと顔を見合わせ、顎を引きながら小さく頷いた。


 そっと、彼らの背中に触れる。

 真意が掴めていないはずなのに二人は驚くほど自然に倒れてくれた。


 視界が大広間の全景を映し出す。六人の軍兵がこちらに近づいてきた。

 全身の力を抜いて神経を一点に集中する。二秒もあれば十分だろう。


 私は空気を押し上げるように両手を仰いだ。

 するとその直後、突進中の軍兵達が大風に揉まれて散り散りに飛ばされていた。



 ……ここまで想定していたんですね。ほんと、あなたって人は……


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