カギロイの可憐傀儡(マリアネット)~それでもあなたと歩いていく~:新想

谷原ユウイチ

1-1 レシュアside 軽い命、重い瞼 / sleepless dummy



 騒がしかった城内が静まり返っている。

 私は強制的に打ち続けられる鼓動を右手で押さえながら約束の時を待っていた。


 もう後戻りはできない。全身からは冷たい汗が吹き出している。

 一人の問題ではないと分かっていても、潔く前進しようとする気持ちが湧き起こらないことに苛立ちを感じていた。



 明日の朝、私は廃棄処分される。この事実をはじめて聞いた時、なによりも先に人として殺されるのではなくモノとして捨てられることを知って悲しい気持ちになった。

 間違いなく人間として生まれたはずだった。城にいた皆が誕生を喜び、歓迎していたと思っていた。

 それなのにどうしてこうなったのか。『三人』とも同じ身体を持って生まれてきたというのに……


 処分を決定した元老院の言い分は単純だった。

 それは『アイテルを扱えない者』だったからだ。


 アイテルとはこの世界に存在する実態のないエネルギーみたいなもので、この地球にいる人間であれば誰でも操ることができた。つまり私は欠陥品とみなされたのだ。

 アイテルが使えれば物に火をおこしたり水を凍らせたりすることができる。一度も使えたことのない私には、むしろ彼らのほうこそが異常なのではないかと疑ったこともあった。

 でも現実が向けてくる視線はいつも自分に集中した。異常なのはあなたのほうだと。本当にあなたは使えないのか。使えないふりをしているだけではないかと。

 実際はそうでなかったかもしれないけれど私にはそう感じられた。みんなに悪気がないことは理解している。だからなおさら寂しかった。


 他の『二人』は私と違って正常だった。元老院は二人のどちらかを次期女王にさせるつもりらしい。心から愛する『姉妹』が世界を支える。とても誇らしいことだ。

 彼女達に対して恨めしい気持ちはない。却って申し訳ないとさえ思っている。


 十九年の思い出が詰まった自室を見渡す。この部屋は初代女王が生きた時代よりもさらに昔の中世欧州とかいう時代に流行った調度でまとめられていた。

 もっともこれらの物は私からしてみれば現代のものなのだが、その美しさはたかだか十九年という短い時間であっても遥か遠い昔の懐かしさのようなものを思い起こさせた。

 女王の遺伝子を受け継いでいるからだろうか。そんなことを考えながら愛着に満ちた自室の明かりを消して別れを告げると、緊張が和らいだのか胸の鼓動が徐々に落ち着いてきた。


 目を閉じてこれからすることを整理してみる。準備はこれ以上ないほどに済ませてきた。ゆっくり休んだのが今日一日だけではないかというくらいに。

 心残りがあるとすればこれまで支えてくれた使用人と教師にしっかりと感謝の言葉を直接伝えられないことだろうか。手紙は残しているものの、なにかが物足りない気がした。

 きっとあの二人のことだから、どうせすぐにまた会えるとか言って辛気臭さを一掃するに違いない。彼女と彼には感謝の気持ちしかなかった。


 処分が決まってもずっと変わらずにいてくれた大切な彼。

 おはようからおやすみまで、何も変わらない一日を私なんかのために与え続けてくれた彼女……。



 ……ルウスおじさま、アザミさん。本当にありがとうございました。

 ……私、必ず抜け出してみせます。



「……少し早いですが、お時間です」


 暗い自室の扉の前でじっと待っていると約束の時間に少し遅れて迎えが来た。


「まだ着替えが終わっていないの。もう少し待っていただける?」

「……では、あと二分だけ待ちましょう。それより先は議長にお任せいたします」


 言葉を聴き終えてすぐに、ゆっくりと扉を開いた。すると目の前には見たことのない重厚な物理的防具を着用した軍兵が男女二人で立っていた。


「レシュア様、その格好は公開着ではありませんか!?」

「そうよ。なにか問題でも?」

「いや、なんと申しますか、本当に着替えていらっしゃったのかと」


 公開着というのは地位の高い者が他の人間、特に大勢の人前で披露するための服だ。私のものは、これもまた初代女王が残した古代の婚礼衣装というものらしく、スカート部分が肩幅の三倍くらいの広さがあった。

 彼らはおそらく合言葉と混同して聞いてきたのだろう。ちなみに両肩は地肌が露出しており動作に影響はない。だが上半身の着衣を固定するための首布が見た目以上に締めつけられて息苦しい。

 確か、アメリカンスリィブ、とかいうものだったと思う。


「これでいい。これで行きたいの」

「分かりました。それでは参りましょう。経路のほうは?」

「頭に入ってる。問題ないわ」


 二人は城の一般兵が着用する『ダクトスーツ』の上に見たことのない曲線状の防具を関節の各部に装着していた。

 ダクトスーツとは全身に特殊な管が配された密着型の防護服のことだ。アイテルの補助を目的としているので私は一度も着たことがない。


 このいかにも戦闘を想定している二人の姿と私のそれは、誰が見ても不自然と感じる光景だった。

 本当にそれでいいのかと念を押す二人に無言で頷いて応えると、私達は足早にその場を離れた。


 途中城内を小走りで進みながら二人の名前を確認する。男性のほうがデイミロアス、女性のほうがロッカリーザ。小声でそう呼ぶと二人は同時に首肯した。それとルウス軍師から私のことを聞いているかと問うと『アンチ能力』のことなら聞いていると返答があった。


 おそらく彼らにとってはじめての経験になるだろうから無駄な接触は極力避けておきたい。特に元老院が直に動くようなことがあれば私が逆に彼らを守る必要がある。ルウスおじさまとの約束を破らないためにも、慎重に判断していかなければならないだろう。


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