優しい影

せてぃ

優しい影

 スネアドラムが、静かに刻まれ始める。

 繰り返す、単調なリズム。

 そして、ささやくように奏でられるフルート。

 わたしは目を瞑り、まだ遠く彼方に感じられる音を聴いている。


 あの人を、想い出している。


『一期一会』ということばがあるが、わたしはこのことばが好きだ。

 人というものは、このことばが示す通り、たった一回の機会であっても、人と出会い、そのたった一回の機会であっても、それが大きな化学反応となり得る生き物だと、わたしは思う。


 それは、わたし自身が、そうだったからだ。




 あの人とは、小学生の頃に出会った。直接顔を合わせたのは、まさに一期一会、たった一回だけだ。それでも、あの人との出会いは、わたしの人生を大きく変えた。

 あの人は、同級生の母親だった。

 その同級生とわたしは、五十を超えたいまになっても、年に一度は必ず会い、酒を酌み交わす仲である。本物の兄弟、いや、それ以上の存在だと、わたしは思っている。相手も、飾ることなくわたしにそう言ってくれる。

 しかし、初めて出会った頃は違った。我々は幼かった。幼かったゆえに、我々の世界を決定付けていたのは、常に周りにいる大人の眼だった。

 わたしは、比較的裕福な家庭に生まれた。

 わたしの家は、その土地で五代続いた酒造会社をやっていた。五代目の父は、わたしの生まれ故郷では知らぬ者のいないほど有名で、人間的にも信頼される人物だった。

 反面、親友には父親がいなかった。わからなかったのだ。

 母親は、近隣で一番大きな街で、夜になると店を開ける飲食店に勤めていた。親友の父親は、どうやらそこに来ていた客らしかった。だが、結局それが誰だったのか、親友にもわからなかったのだという。彼の母は、それを決して教えることなく、逝ってしまったのだ、と。

 母親はそんな店で夜中じゅう働き、息子を学校に通わせ、最低限不自由なく生活していけるだけのお金を稼いでいた。必然、昼夜は逆転し、周囲の人々との交流も少なかった。

 それが、狭い田舎の環境にはありがちの、排他的な眼の対象になるのは、言うまでもないことだったのかもしれない。

 大人たちは、こそこそと親友の母親の噂話をしていた。父親が誰だかわからないなんてねえ。そんな、自らは絶対の潔癖を装い、汚いものを卑下する噂話が、自分の親たちから聞こえてきた。

 わたしたちは、それを聞きながら育った。子供は、ある時期までは、親の言葉を妄信的に信じる。そしてそれゆえに、親たちの言葉には注意深く耳を向けているものだ。大人の感情は子供に伝播し、子供たちはそれを自分たちの世界の中でルール化して自分たちの世界を作る。そうやって、わたしの親友は、大人たちの知らぬところで、大人たちがその母親に白い目を向け、集団から排斥したのと同じように、大人たちの影響で、いじめを受けていた。

 わたしも、その輪の中にいた。もちろん、いじめる側だ。率先して参加していたわけではなかったが、見て見ぬふりをして通り過ぎていたあの頃を思うと、いまは親友と呼んでくれる彼の側から見たわたしは、いじめを先導していた同級生と、大した差はなかっただろう。

 親友は、言葉や直接的な暴力行為を受け続ける日々を過ごしていた。彼には何の非もないのに。

 なのに彼は、いつでも笑っていた。笑って学校へと登校してくるのだった。それは何かを諦めてしまった人間の、中身のない笑いなどではなく、毎日が楽しくてしかたない、とでも言いたげな、満面の笑顔だった。

 その態度が気に入らず、いじめはひどくなっていったのだが、それでも親友は笑っていた。

 時折、厳しそうな顔を見せることもあった。でも、それは一瞬で、やはり最後には笑っていたのだ。

 わたしは次第にそんな彼のことを、見て見ぬふりをすることができなくなった。しかしそれは、いじめをやめさせたい、やめるべきだ、などという、正義感に満ちた勇気ある行動などでは、残念ながらなかった。わたしにはそれほどの正義感はなかったし、勇気も持ち合わせていなかった。

 ただ、気になったのだ。どうしようもなく、気になって仕方がなくなったのだ。なぜそんなに笑顔でいられるのか。なぜそんなに前向きでいられるのか。毎日、わたしには考えられないほど嫌な思いをしているだろうに、なぜ笑っていられるのか。

 わたしは気がつけば彼のことを、同情の眼差しではなく、憧れの眼差しで見るようになっていた。

 先ほどわたしは、親友の笑顔を指して、『何かを諦めてしまった人間の、中身のない笑いではなかった』と言ったが、なぜそれを当時のわたしがわかったのかといえば、ほかならぬ、わたし自身の笑い顔が、中身のない人間の、乾いた笑顔だとその時、思っていたからだった。

 わたしは、気がつくと、常に、何かを諦めていた。

 十歳を過ぎたあたりから、わたしはそのことに、自分でぼんやりと気づき始めていた。その原因にも。

 一人っ子として生まれたわたしは、宿命的に父親の仕事を継承することを決めつけられていた。それゆえに、母も、親族も、父の経営する会社の人々も、幼い頃からわたしをそのような目で見、そのような扱いをし、そのようなつもりで接し、育てた。

 わたしはそれに違和感を覚えずに育ったが、ちょうど親友と出会った頃、初めての感覚に苛まれることがあった。


 わたしは、本当は何がしたいのだろう。


 学校で、何かの行事があり、その際に使うということで、生徒同士が面白半分で作ったアンケートが配られたことがあった。それに答えようとした時だ。


『あなたの将来の夢』


 さまざまな質問が並ぶ用紙に目を落とし、その質問を前にして、わたしの鉛筆は止まってしまった。

 それまで、何の違和感もなく考えて来たことだった。父の仕事を継ぐ。六代目の醸造元になる。周りの皆がそれを願っていたし、そうしたいと思ってきたはずのことだった。しかし、わたしの手は止まってしまった。


 わたしは、本当は何がしたいのだろう。


 わたしは教室の中を見回して、クラスメイト達が何を書いているのかを見させてもらった。

 野球選手。パイロット。ナース。学校の先生。具体的で、色彩豊かな職業名が並んでいた。まさに夢、と呼ぶにふさわしく、将来、という漠然とした長い時間を感じさせる言葉たちだった。

 そんな風にアンケートに答え、はしゃぐ同級生たちを遠くに感じながら、わたしはその答えをついに書けなかった。


 その時に気がついたのだ。


 わたしには、わたし自身の将来の夢がないことに。


 わたしがなると信じて来た職業は、父の、母の、親族の、その周りの人間の夢であって、わたしが本当にしたいことではないのではないか。そのつもりで接してくる大人の中で、わたしはそれを現実にすることが自分の夢であると思い込み、本当に何がしたいのかを考えたことがなかったのではないか。

 もちろん、すでに半世紀以上を生きたいまのわたしならば、その当時の想いをこうして言葉に変えて整理することができる。しかし、幼かった四十年以上前のわたしは、そこまで思慮深く、自らの内面を見つめることはできなかった。ただなんとなく違っている。本当にぼくはこれでいいのか。『何が』これでいいのかもわからず、ただ押し寄せる違和感に、説明のできない気持ち悪さを味わっていた。

 そんな風に考えるようになってから、わたしは自分の笑い顔が、どこか嘘をついているように感じていた。父に、母に、笑いかける笑顔も、親族と話している時に見せる笑顔も。社長の息子として接して来る、父の会社の人たちと談笑するときも。わたしは常に相手に合わせ、相手が笑ってほしいタイミングを見計らって笑うようにしている。そうなのではないか、と自分で自分を疑うようになった。

 いま思えば、それは考えすぎで、実際タイミングを伺うようなところもあっただろうが、それはわたしが生まれついて大人の社会の中で育っていたからだった。大人同士が上手くやって行くには、お互いの距離を感じ取り、タイミングを見計らって接する必要がある。そうすることが、大人の社会だ。

 だからだった。自分の笑顔に自信が持てずにいたから、あの頃のわたしは、来る日も来る日もいじめられていた親友が、なぜあんなに綺麗な笑顔でいられるのかが、気になって仕方がなかった。

 羨ましかったのだ。誰にも遠慮することなく、屈託なく笑うことのできる彼が。

 なぜそうまで笑顔でいられるのか。彼を見つめ続けていたわたしは、ついに耐え切れなくなり、彼に直接聞こうと考え始めた。


 そんなある日の帰り道だった。わたしはついに彼に話しかける機会を得た。

 わたしが通っていた小学校の近くには、川が流れていた。流れの両脇に広がる河原の範囲まで含めると、川幅は百メートル近くあっただろうか。かなり大きな川だった。学校の前を通る道は、車も通る大きな橋に繋がっていたので、生徒たちのほとんどは、この橋を渡って登下校をしていた。わたしはその橋の上を歩いて一人で下校しながら、何の気なしに下を見た。

 そこに彼が、うつ伏せで倒れていた。

 河原に沿って続く堤防代わりの土手を降った、河原の中の細い道の上だった。彼の衣服は泥と砂にまみれていた。倒れている腹の下は、踝までもない雑草が、芝生のように生えそろっているだけだったから、倒れた時に汚れたわけではないだろう。誰かにやられたのだ。誰かにいじめられた結果として、彼は汚れていたのだ。

 わたしは渡りかけた橋を戻り、土手へと出た。そこから河原に降りて、彼の元へと走った。

 橋の下まで行くと、彼はまだ倒れたままだった。わたしはゆっくりと彼に近づき、声をかけた。あの。なんと声をかけていいかがわからず、迷った挙句、確かそんな風に言ったはずだ。

 うつ伏せに倒れたままの彼の身体が、ぴくっ、と痙攣し、ゆっくりと顔が上がった。


「その……大丈夫?」


 彼はわたしに怪訝な顔を向けた。その顔こそが、普段、彼がわたしをどう思っていたかの現れだったのではないだろうか。なんでこいつが? その顔は、そう語っていた。

 しかし、そんな表情は一瞬だけだった。彼は何かに気づいたように目を大きく開き、次の瞬間には、わたしに向かって笑いかけていた。

 彼はそそくさと立ち上がると、自分の身体に付いた汚れを叩いて、その場を立ち去ろうとした。


「待って!」


 わたしは走り出したその背中を呼び止めた。彼は立ち止まり、肩越しにわたしを見た。その横顔は、少し驚いているようにも見えた。


「君は、なんでそんなに笑っていられるの? 辛くないの? 悲しくないの? 本当は……」


 黒いランドセルを背負った背中がゆっくりと振り返り、わたしと改めて向き合った。わたしは構わずに自分の叫びを彼に向かって吐き出し続けた。


「本当は辛いのに、本当は笑いたくないのに笑ってるんじゃないの? 本当は……」


 わたしは言葉を選ばなかった。これまでろくに話したことのない彼に、わたしは自分の思いを真っ直ぐに投げかけた。

 無理をしているんじゃないか。

 様子を窺っているんじゃないか。

 誰かのために笑っているんじゃないか。

 並べ立てた言葉はすべて、本当ならば、わたし自身に向くはずの言葉だった。将来の夢を、子供らしい無計画、無鉄砲、無責任さで想い描くこともできない自分自身への言葉を、わたしは彼に向かって洗い浚い吐き出した。

 家族のこと。

 周りの大人のこと。

 自分のしたいことがわからないこと。

 そんなことまで、わたしは一気に吐き出した。

 彼はそれを、ずっと黙って聞いていた。初めて見る真剣な顔で、彼は話し続けるわたしを見ていた。

 橋の上で彼を見かけた時は、まだ陽は高かった。向かい合って話している間に、空は茜色に染まった。


「……辛いだろうね」


 オレンジ色に光る彼の眼が、わたしを真っ直ぐ捉えていた。自分の置かれている状況、家庭環境を話し、自分は何がしたいのかもわからない、将来なりたいものがわからない、とまで話してしまったわたしは、眼光と共に寄せられた彼の意外な言葉に、えっ、と声を詰まらせた。新しい空気が入って来なくなり、息ができず、焼けるように顔が熱くなる数秒を体験した。


「きっと、ぼくより辛いだろうね」


 そう言って、彼は笑った。あの屈託のない笑顔で。

 わたしはその時、初めて悟った。彼の笑顔は本物なのだ、と。

 彼は誰かに遠慮したり、無理をしたりしているわけではなく、自分の感情に正直に、笑っているのだ。

 だから、彼の笑顔は、あんなにも眩しく見えるのだ。

 しかし、なぜなのだろう。なぜこんなに綺麗に笑えるのだろう。その疑問は残った。当時のわたしには、まったく考えの及ばないことだった。わたしはそれを訊こうとして、彼に一歩近づいた。

 その時だった。短い音で二回、車のクラクションが鳴った。

 わたしと彼は同時に顔を上げた。頭上に架かる橋の上を見た。

 そこに、橋の欄干から身を乗り出してこちらを覗き込む、若い女性の姿があった。


「こんなところにいたのね。家まで送ってあげるから、早く乗りなさい」


 優しい声だ、と思った。

 言葉そのものは、命令するような匂いを持っていた。でも、その調子は、あくまでも優しかった。だからだろう、わたしは直感的に気づいた。

 あの女性が、彼の母だ、と。

 その瞬間、ふと、音楽が聞こえたような気がしたのを覚えている。

 わたしは耳を澄ませた。そうしてみると、川を渡る風の音や風に揺れる河原の草木の音、川の流れる音も聞こえてきた。自分の思いを吐き出すことに必死になっていた時には、まるで聞こえなかった音が、わたしの周りでさんざめき、夕方の河原はどこか楽しげな演奏会が開かれているかのようだった。

 旋律に感じたのは、それらの音だったのだろうか。わたしはそう考えながら、辺りを見回した。


「……あら、そちらは?」

「友達。一緒に送ってよ」


 わたしは慌てて彼に向き直った。まさか友達、という言葉が出て来るとは思っていなかったからだ。彼がいじめられているから、それが嫌だ、ということではなかった。こんなに一方的に、自分の想いをぶちまけた相手が、自分のことを友達と呼んでくれるとは、思えなかったからだ。

 彼は満面の笑みを浮かべたまま、橋の上の母親を見上げていた。


「わかった。二人とも乗りなさい」


 優しい声の母親は、わたしにも微笑みかけた。その笑みは、彼とよく似ていて、わたしは息を呑んだ。

 大人たちの噂していた印象とは、かけ離れているように思えた。




 河原から土手へと上がり、橋へ向かった。橋の上にはあの母親がいて、その横には白い小さな車が停まっていた。あれが彼の母親の車なのだろう。

 わたしは改めて彼の母親を見た。すらりと背が高い。長い栗色の髪が川を渡る風に揺れていた。夕日を浴びているので、その髪はいっそう輝いて見える。ちょうど、川の水面の様に、きらきらとして見えた。

 顔の印象は全体に薄く、美人の部類には思えなかった。ただ、暗い色のワンピースを着た立ち姿と、優しい微笑みが、単純に綺麗だと思った。


「あなた、お名前は?」


 そう訊かれ、わたしはおずおずと名乗った。すると彼の母親は、ああ、と得心し、蔵元の、とわたしに微笑んだ。


「帰る途中だし、家まで送るわ」


 わたしはその申し出を、両手と首を振って断った。わたしの母も、父も、彼の母親のことは、悪く言っていた。そんな人に車で送られたりすれば、彼の母親も、わたしも、何を言われるかわかったものではない。わたしは子供らしからぬ矮小な感情で、申し出を断ろうとしていた。

 しかし、彼の母親は、そんなことを気に掛ける様子もなかった。いいからいいから。そう言ってわたしの背中を押し、車の後部座席の扉を開けた。

 その瞬間、旋律がわたしを包んだ。

 静かなのに、躍動的な旋律。

 わたしは後部座席に押し込まれ、彼が助手席に収まった。最後に母親が運転席に乗り込むと、アイドリングしたままだった車は、滑る様に静かに走り出した。

 わたしは車の中で流れている音楽に耳を傾けていた。静かに、同じフレーズを繰り返す旋律。なのに、まったく飽きることがない。優しく、美しく、それでいて躍動的でもある旋律だった。

 もちろん、あの当時のわたしが、これほどまで言葉としてあの旋律を表現できたはずがない。だから、もっと単純に、いい曲だな、と思ったはずだ。耳に優しい、ちょうど彼の母親の微笑みのような曲。

 わたしは自宅へと送られる最中、さまざまなことを質問された。そのはずだ。彼の母親と、幾度も言葉を投げ合った記憶はある。それでも、それがどんな内容だったかまでは、あまり覚えていない。カーステレオから流れる旋律と、母親の印象が綺麗に一緒になって、そのことばかりがわたしの記憶に刻まれた。


「……なんだって。彼、大変だよね」


 繰り返される旋律になぜ飽きないのか。わたしはそれが時間を経るごとに、奏でられる楽器が増えているからだ、と気づいた。ちょうどその時、彼が母親に、わたしのことを話していることにも気がついた。

 えっ、と声を上げそうになったが、それは彼の言葉を聞き遂げた母親が、へー、そうなんだあ、と頷く言葉にかき消された。


「母さんがいつもぼくに言ってることが、役に立つんじゃないかなあ、って思ってさ」

「そんな話をしていたの? マセガキねえ……」


 母親は運転席側の窓を開け、そこに肘をついて車を走らせていた。運転席のシートに隠れてよく見えなかったが、どこか呆れたようなため息をつきながらも、その横顔はやはり優しく微笑んでいるようだった。


「自分のしたいこと、なんて、そのうちわかるわよ。案外、終わってから、ああ、これがしたかったことなんだ、って気がつくかもしれないし」


 その言葉は、自分の息子にも、わたしにも向けられているようだった。後部座席のわたしにも聞こえるように声のトーンを上げた母親の声に同調するように、カーステレオから聞こえる旋律のテンポが変わった。


「でも、誰かにさせられてる、って思うなら、それはよく考えた方がいい。あなたのしたいことは他にあるのかもしれない」


 車は緩やかな坂を上って行く。フロントガラスの向こうに、古めかしい酒蔵が見えた。もうすぐわたしの家に着く。


「あたしみたいな生き方をしてきた人間には、ずいぶん贅沢な悩みだな、って思うけどねえ…… でも、そんな年齢から何かに、誰かに遠慮するなんて、バカらしい。まあ、年齢は関係ないか。いくつになっても、そんな生き方はバカらしい」


 旋律が怒涛のように高まって行く。初めて耳にする音楽なのに、クライマックスが近づいているのが、その時のわたしにもわかった。

 車が緩やかに速度を緩め、停まった。わたしの家の、威圧的に大きな門の前だ。対向車線を挟んだ先にたたずむ、高さ五メートルのこげ茶色の木製門扉は開かれていて、奥に重厚さを感じる瓦屋根の二階家が見えた。わたしの生家だ。

 さあ、ついた。降りて、と彼の母が言うので、わたしはドアを開けて車外へと出た。すぐに振り返り、頭を下げる。最高潮に達した旋律が垂れた頭の頂点から、全身へと広がって、身体中を震わせていた。


「いつもこの子にも言ってることだけど」


 別れ際の挨拶が返って来るだろう、と思っていたところの言葉だった。わたしはゆっくりと顔を上げて、正面を見た。

 車の、開いた窓から、彼の母親は運転席に座ったまま上半身を乗り出し、わたしに笑顔を見せた。


「言いたいやつには好きに言わせてやればいい。ただ、あなたは自分を信じなさい。何もできなくてもいい。いまは、何もできなくたって構わない。でも、必ず何者かになれると信じなさい。何者かになる自分を信じなさい。そのためには、遠慮する必要なんかない。何を言われても、笑ってやりなさい。小さなことにこだわってやがるな、おれはもっと先を見ているんだ、って」


 カーステレオから奏でられる旋律が、さまざまな楽器の調和によって奏でられる旋律が、最高潮に達した。

 突然幕を落としたような。

 大きな波が打ち寄せて、砕けたような。

 わたしはその時、強い衝撃として、その旋律を聴いた。




 その時以来、わたしは彼の母親に会っていない。

 彼とはその後、良き友達となった。還暦を間近に控えたいまになっても、その関係は続いている。

 それでも、あの日以来、わたしは彼の母親と会うことはなかった。時間が合わなかったからなのか、小学生の内に彼と遊んでいても、母親が現れることは二度となかったし、何よりわたしと彼が高校生を卒業する前に、彼の母親は亡くなってしまった。

 あの言葉は、きっと彼の母親の実感であり、実際にそのように生きていたのだろう、といまならば思う。たとえ周囲の人から白い目を向けられるとしても、息子を育てあげるためならば、多少の痛みは気にしなかったのだろう。誰かに遠慮することなく、小さなことにこだわって、先を見ることができなくなる大人たちを笑い飛ばし、あの母親は、わたしの親友を育て上げたのだ。

 そして、わたしの人生も変えた。


「マエストロ、時間です」


 呼びかけられ、わたしは目を開けた。頭の中の回顧の映像は消え、心地よく漂っていた音楽も消えた。

 あの日、聞いた曲。

 親友の母親の言葉と一緒になって、わたしに打ち寄せた曲。

 わたしはあの日以来、その曲が耳から離れなくなった。クラシック音楽であることは、当時のわたしにもわかったが、それが何と言う曲なのか、何処の国の、誰が作曲した曲なのかまでは、もちろんわからなかった。

 だから必死になって調べた。自分の手元にあの音楽を置いて、常に聞き続けたいと思ったからだ。

 あれはラヴェルのボレロ、って曲だよ。母さんはクラシックが好きで、中でもあの曲は特に好きなんだって。

 後日、わたしの頼みで母親に訊いてくれた親友が教えてくれた。

 あの曲を呼び水に、わたしはクラシック音楽にのめり込んで行った。さまざまな作曲家の作品を聴き漁り、自分自身もあらゆる楽器を習った。そうしていく中で、わたしにとってクラシック音楽は、特別なものへと変わって行った。

 案外、終わってから、ああ、これがしたかったことなんだ、って気がつくかもしれないし。あの日、親友の母親がわたしに言った言葉の通り、気がつくとそれはわたしの『したいこと』に変わっていた。

 だからわたしは、この日本凱旋コンサートでは、いまから演奏するこの曲を、どうしてもやりたかった。スタッフたちと協議し、演目の中に加えてもらった。本当を言えば、故郷のあの町でやりたいところだったが、それはさすがに難しかった。わたしの故郷には、いまも大規模なホールがない。

 わたしは腰かけていた椅子から立ち上がった。燕尾服の裾を直し、舞台袖に立つ。ちらりと観覧席を見ると、席はひとつ残らず埋まっているようだった。

 わたしの親友も、多忙をおして来てくれている。あの母親の息子。彼はいま、日本を代表する小説家のひとりだ。

 やりたいようにやっただけさ。昨年、酒を酌み交わした時、彼は少し照れ笑いを浮かべながら言った。

 わたしは舞台に一歩、足を踏み出す。割れんばかりの拍手を浴びる。何度経験しても、この緊張感は特別なものだ。音が質量を持っているように、わたしの身体を押す。

 わたしは観覧席に一礼して、舞台中央に据えられた指揮台に立つ。正面には日本を代表するオーケストラの面々。皆、わたしに目を向けている。わたしはそれに目礼を返す。どうぞ、よろしくお願いします。そんな思いを込めて。

 今日、この舞台に立つまでには、さまざまなことがあった。困難があった。白い目を向けられることもあった。中傷も受けた。何より、父や母、親族の面々とは、長い時間話し合わなければならなかった。

 そうして、わたしはここに立った。これからもここに立つ。十代の終わりにヨーロッパへ渡り、指揮者としての勉強に勤しんだのは、もう三十年以上前だ。あの日から、本当に、本当にさまざまな困難があった。

 それでも、わたしは信じた。何者かになれるわたしを。したいと思えたことを。ただひたすら、信じた。

 やりたいようにやっただけさ。親友のように、格好よくは言えない。それでも、ここに立つわたしを、わたしは誇りたい。

 指揮棒を手にする。初めの音を確認する。第一フルートの独奏から始まり、さまざまな楽器が同じフレーズを繰り返す、約十五分間の曲。この曲を聴くたびに、頭に思い描くたびに、故郷を思い出すのは、親友の母親の記憶のせいだけでは、おそらくない。何度も打ち寄せる波のようなこの曲を作ったモーリス・ラヴェルもまた、無意識に故郷、フランスの港町シブールに打ち寄せる波を思い浮かべながらこの曲を作ったのではないだろうか。だからこそ、こんなにも望郷の思いに駆られるのではないだろうか。そう、いまならば思う。音楽には、そういう力がある。

 ホールが静まり返る。まるで深海にいるかのような静けさが、わたしの身体に降り積もる。

 もしかしたら、あれはわたしの初恋だったのかもしれない。

 ふいにそんな考えが、頭の中を通り過ぎて行った。

 そんな風に考えたことはこれまでなかった。しかし、顧みて考えてみればそうだ。

 人生で初めて、どうしようもなく異性に魅せられ、惹かれた。

 そう言っていいならば、あれはきっと、恋だった。

 この演奏は、あの人にも届くだろうか。

 夕日の中にすっと伸びる、気高い影。

 あの優しい影に、届くだろうか。


 モーリス・ラヴェル作曲『ボレロ』


 わたしは、指揮棒を持ち上げる。

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優しい影 せてぃ @sethy

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