第四話 街とお酒
採掘場から救出され、5日後の夕暮れ時、騎士団は予定通り新京へと到着した。
新京の町並みは一言でいうと雑多な感じだ。町の周囲は近くの川から水を引いた濠と、高さ4、5メートルほどの黒い石の壁に囲まれていて、いかにも要塞都市という印象だったが、跳ね橋を渡って中に入ると、時代劇に出てくるような、木造の長屋があると思えば、紅いレンガ造りの建物があったりで、統一感がなかった。しかし、その風景の賑やかさに負けず劣らず、町の中も活気に満ち溢れていた。
夕日の中、仕事が終わり家路につく者、これから仲間と一杯やろうとしている者、そんな人たちの姿を見て、不意に部活帰りの電車中を思い出す。
いつも、隣には七海がいて、ずっと本を読んでいる七海にかまって欲しくて、くだらない話をしていた。まだ、この世界にきて3ヶ月ぐらいしか経っていないのに、ひどく懐かしく感じる。
―やめよう。今は、明日からのことを考えるようにしよう。
そう自分に言い聞かせて、溢れだしそうになった涙を何とか抑え込んだ。
「ん?どうかしましたか?」
前で騎竜を操っているサリサが声をかけてきた。
「えっ、な、なんでもないよ。大丈夫」
泣きそうになった、気取られないように努めて明るく返事をした。
「それならいいのですが…。私、正直に言いますと、明日からはあなたの側にいることができなくて、とても心配なのです」
サリサは、職業柄そうなのか非常に気が利くし、結構な世話焼きだった。新京に向かう旅の途中、俺が困っているとすぐに手助けしてくれたし、この世界のことを一つひとつ丁寧に教えてくれた。
「あなたは、これから傭兵になるのですが、私としては反対したいくらいです」
「まあ、俺も正直上手くやれるかかなり不安なんだけどさ」
でも、上手くやれるかどうかは別にとして、何とかしなければ生きていく事さえもままならないんだから、やるしかない。
「姫様のつてを使えば、傭兵以外にも職はあったと思うのですが…」
「いや、でも、ここまでお世話になって、仕事の紹介までやってもらったんだし、文句なんて言えないよ」
「…そうかもしれませんが。…ただ、姫様の言うことにこれまで、間違いなどありませんでしたし、あなたが傭兵になるのも、何か意味のあることなのかも知れませんね…」
「…そうだと思う」
マユラと出会ってまだ一週間も経っていないが、彼女は信頼できる人だと思っている。だから、今は彼女の判断に素直に従おうと思う。帰る手段は自分なりに少しづ調べていこう。少なくとも、この件に関しては、俺に好意を寄せてくれているマユラを頼るのは、良くないと思う。
「では、話を変えて今後のあなたの予定について話しましょう。あなたは、明日から傭兵になるといっても、いきなり鬼と戦うわけではありません。あなたにはまず、訓練を受けてもらうことなります」
―まあ、当然と言えば当然か。むしろ訓練しないと、どう戦っていいのかもわからないし。
「訓練としては、我が国の新兵が行う訓練をもとにしたものをやってもらいます。多少体力的にきついですが、ジュンヤはまだまだ若いですし、体力もありますから心配しなくていいと思いますよ」
小学校の頃から高校まで、野球をずっとやってきたから体力はそこそこある方だ。厳しい練習もやってきたわけだし、何とかなるだろう。
「教官についてなんですが、姫様の使用人で訓練を指導できるものが、この町にしばらくいるので、その者に任せることになっています。ただ…」
「ただ?」
サリサが言いよどむ。
―なんだろう、その教官役の人は性格に難ありなんだろうか。まあ、俺も高校3年生になって、ずいぶん大人になったような気がする。多少性格の合わない人とだって上手く合わせることぐらいならできる…はずだ。
「…その使用人は私の同僚でもあるわけですが、少し、身の程を弁えないといいますか、自由奔放なところがありますので、くれぐれも気を付けてください」
「ん?どういう意味?」
いまいち意味が分からない。
「直接会って話をした方が分かりやすいでしょう。兵舎に到着して落ち着いたら、地下室まで来てください」
「ああ、うん。わかった」
そんな感じでサリサと話しているうちに、目的の兵舎までたどり着いた。騎士団の騎士たちは長旅の疲れを癒すため、近くの温泉へ行くらしい。騎士団長から俺もどうかと誘われたが、サリサに呼び出されていたので、後ろ髪を引っ張られる思いで断った。
与えられた部屋で少しの間休憩を取った後、サリサとの待ち合わせ場所である。兵舎の地下室に向かった。
地下に続く階段を下りると赤い扉があった。中から話声がするので多分ここで合ってるだろう。いきなり入るのは失礼だと思ったので3回ノックをする。
「誰だ?」
と中からマユラの声がした。普段俺と話しているときのような声色でなく、冷たく鋭い声だったので、少し驚いた。
「ジュ、ジュンヤです」
恐る恐る言った。
「…入ってくれ」
ゆっくりと赤い扉を開けると、中には大小様々な木箱が雑然と置かれており、真ん中の開けた空間にサリサとマユラそれともう一人見知らぬ女性がいた。
「早かったな。慣れない長旅で疲れたであろう。まあ座ってくれ」
マユラは右手に持っていた扇で、近くにあった木箱を指した。
―良かった。いつもの口調だ。
とりあえず言われた通り木箱の上に座る。
「初めに紹介しておこう。この者は此方の配下で、明日から其方の訓練を行うアリアリサだ」
「はーい。ご紹介に預かりましたアリアリサでーす。気軽にアリサ、って呼んでねっ」
キャピ、みたいな自己紹介だった。
「あ、はい、よろしくお願いします」
「えー。もう、硬いなー。これから一緒に頑張っていくんだから、もっと気軽に恋人と思って接してくれていいんだよっ」
そう言って俺の腕に抱き付いてくる。
「いい加減にしなさい」
さっきまで黙っていたサリサが、もう我慢ならないといった感じで、強引にアリアを引きはがす。
「えー、いいじゃんべつにー。自分だってホントは―」
「あなたと言う人は、余計なことばかり」
そんなやり取りを見て、この二人は姉妹なのかなと思った。アリサさんは何故かサリアとは反対の左目を眼帯で隠しているが、顔立ちや体形はサリアによく似ていてモデルのようだ。とは言っても、目の色はルビーの様な赤い目をしていて、肌は褐色、軽くパーマのかかっている黒髪なので、よくよく考えてみると姉妹であるってほうがおかしいのだが…どことなく顔が似ている気がする。
「二人とも、その辺にしておけ」
マユラが静かに言った。
「も、申し訳ありません」
「はーい」
深々と頭を下げるサリサと全然反省していない様子のアリサさん。
「さ、まずは此方たちの旅の成功を祝して杯を交わそうか」
サリサが準備してあったグラスに赤い液体を注いで、一人づつ配る。渡された液体を嗅いでみるとやっぱりワインの匂いがした。ここは日本じゃないからお酒は二十歳から、なんてことはないのだろうが少し抵抗がある。
というか、旅の成功って、結局『月の欠片』は回収できなかったんだから、失敗じゃないのか?っと思ったが、すぐにクレハにとって今回の旅は、運命の人を見つけることが本題だったんだなと気付き、納得した。
「では、乾杯」
「「「乾杯」」」
俺以外の3人がグラスを軽く掲げるようにしたので、俺もそれに倣った。恐る恐るワインに口をつけてみるとなんだか想像していたよりも美味しくなかった。まだまだワインの味が分かるような大人にはなれそうにない。
「ねぇねぇねぇ、ジュンヤは故郷に恋人がいるの?」
「ぶっ⁉」
ワインを吹き出してしまった。
「もう!いきなりなんてことを聞いているのですか!」
サリアが怒る。
「だってさー。姫様に迫られたのに手を出さなかったんでしょ。それって、もう恋人がいるとか女に興味ないかのどっちかでしょ」
二人は気付いていないもしれないが、マユラが怖い顔をしている。アリサさんはデリカシーと言うものを身に着けた方がいい。
「ねぇ、それでどうなの?」
「もう!」
「サリサだって知りたいくせにー」
「あはは…」
横目でマユラを見る。明らかに機嫌が悪そうだが、さっきみたいに止めるようなことはしない。俺に暗に答えろと言っているのか?
「…別に、付き合ってる人はいなかったよ。ただ…好きな人がいるんだ」
一瞬の静寂が訪れた。
「どんな子なの?」
マユラが優しい声で尋ねる。
「あいつは…七海は、小さい頃から同い年の俺よりずっと大人びていて、俺のこといつも気にかけてくれて、側にいると安心できるっていうか、側にいるのが当たり前みたいで…」
初めて七海と出会ったのは小学校に上がる前、幼稚園生の頃からだ。家がすぐ近くってこともあって、幼稚園から帰ってくると、互いの家に行って遊んでいた。少し珍しいかもしれないが、小学・中学・高校生になってもその関係は変わらず、放課後や休みの日なんかにはどっちかの家で過ごしていることが多かった。
「会えなくなって、寂しい?」
「うん。そうだね。やっぱ、会いたくなるよ。今どうしてるのかな、とか。俺がいなくなって、向こうはどうしてるんだろうって。今はさ、自分のことどうにかしなきゃいけないのに、あいつのことばっかり考えてる時があるだ。おかしいよな」
「…おかしくなどない。此方もこれから、しばらくそんな気持ちを持つことになる。こんな風に誰かを好きになるとは思っていなかった。多分、これからつらい日々が続くと思うと憂鬱になるよ」
マユラが自嘲気味に言った。
なんだか、すごく申し訳ないことをしてしまっているように感じる。罪悪感とでもいうものだろうか。マユラは俺に会いに暗黒大陸にまで乗り込んできたのに、当の俺はマユラの気持ちを受け入れられない、なんて言ってる。マユラは今、本当はどんな気持ちでいるんだろうか。
「姫様ったら、本当に恋しちゃってるんですねっ。かわいいなー。ねぇねぇねぇ、姫様はジュンヤのどんなとこが好きなんですか?」
またもや、アリサが空気を読まない軽い感じでマユラに絡んでいく。この人はどんな時でもこの調子なんだろうか。明日からの訓練、ちゃんと指導してもらえるのかなぁ。
「…人を好きになるのに、理由なんて必要か?」
「きゃっ。それ、なんかいいですねぇ」
「此方とて直接会うまでは、どうなるものかと思っていたよ。だが、一目惚れと言うやつか、上手く言葉にはできんが、ああこの人を好きになれたら、この人に好きになってもらえたら、きっと幸せだろうなと一目見て思ったよ」
「素敵ですぅ」
ふと、思ってしまった。もし、このまま帰れないのだとしたら、マユラと一緒に生きていくのもいいのではないだろうか。彼女の言葉を借りるならば、彼女のことを好きになって、彼女に好きになってもらえるなら、それはきっと幸せなことなんだろう。
「ジュンヤ、どうかしましたか?」
サリサが声をかけてきた。
「えっ?」
「とても、苦しそうな顔をしていますよ」
どうやら、顔に出るぐらい深刻に悩んでしまっているみたいだ。少し落ち着いた方がいいのかもしれない。
「ごめん。お酒って全然飲んだことなかったから、ちょっと酔っちゃったみたい」
「それはいけません。すぐに水をお持ちいたしますね」
サリサはそういうなり、水を取りに部屋を出ていった。
―悪いことしちゃったな。
「ジュンヤ、これから考える時間も、努力する時間もいっぱいある。だから、くれぐれもやけを起こして無茶だけはしてくれるな。其方に何かあったら此方は悲しい」
マユラはきっと俺の悩みをわかっているのだろう。そのうえで、元の世界のことを諦めろとは決して言わない。こんな、情けない俺のことを心配してくれている。
だから、後悔しないようにしなければ。例え、どんな結果になったとしても。
「うん、わかってる。ありがとう」
俺がそういうと、マユラは優しい笑みを浮かべた。
その後は、しばらくの間4人で他愛のない話をしていたが、本当に酔いが回ってきて俺はいつの間にかに眠ってしまった。微睡の中で、唇に柔らかい感触を感じたが、夢か現実かは…わからなかった。
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