幻界英雄ブレイライト

コケシK9

第1話 その名はブレイライトpart1

ブライト・シティという街がある。その名は大陸で最も巨大な”魔法都市”として知れ渡っていた。

街道には石畳が敷かれ、レンガ造りの建物が立ち並ぶ街の中央には、見上げるほどの大きさの、美しい天使の像が人々を見守るようにして建っている。


夜の街道は輝く魔法の球体によって照らされ、昼は賑わう人々の傍を、馬が引いていない、荷台だけの馬車が通り過ぎる。家の中では小さな水差しから注がれる水がそれより大きい鍋を満たし、かまどは火打石を使わずとも、使用者が触れれば一瞬で燃え上がる。


いわゆる魔法使いでなくとも、この世界の生物であれば多少は持っている”魔力”を利用してこれらの現象”魔法”を引き起こすことのできる”魔法回路”が開発されたことで、ブライト・シティの人々の暮らしは一気にそのレベルを上げた。


ただし、人々の中には、いわゆる悪人も含まれていた。

突如として街道沿いの建物の一つが轟音とともに砕け散る。

道行く人々が何事かと振り返れば、数秒前まで建物だった残骸の中心に、全長10mほどの巨大な金属鎧が直立していた。


「サーキメイルだ!」


誰かが叫ぶ。それがこの鎧の名前だ。サーキメイルがその足を一歩踏み出すと同時に周囲の人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。踏み潰されては堪ったものではない。


”物体を動かす”という魔法の込められた回路……元々は馬車の車輪を回転させるために用いられる程度のものだったが、これに目をつけた一部の者によってより大きなものを、より複雑に動かすことができるように研究が進み、わずか十数年でこのような無機物の巨人を誕生させるに至った。

本来のサーキメイルは全長3mほどで、人間が傍で操作し力仕事をさせる、というものだったが、街道を踏み荒らしている10mの巨体を操作する人間は外側ではなく金属鎧の内部に収まり、その分厚い装甲に守られている。

そして、その図体にふさわしい大型の槍を携えた姿は、力仕事の中でも”破壊”や”戦闘”と言った荒事を行うものだと一目でわかった。ゆえに人々は少しでも離れようと必死で走る。


やがてサーキメイルの元へ、魔法で動く戦闘用大型車両が数台到着する。その四角い車体の上に大砲が設置された車両には衛兵達が乗り込んでおり、サーキメイルを取り囲むようにして一旦停車した。大砲を向けたまま、衛兵の一人、リーダーである茶髪の男が魔法回路を使った拡声器を起動する。


「ブライト・シティ衛兵だ! 直ちに破壊行動をやめ、投降しろ! 警告に従わない場合、即座に発砲する!」


そう呼びかけるが、素直に応じるなどとは衛兵側も思っていない。冷や汗を流しながら相手の動きに警戒し、その槍を振り上げようとした瞬間に大砲を発射できるよう、魔力を込めて準備する。


「あれは……また魔王軍の”ザックォー”かよ……勝てるのか?」


衛兵の一人が不安げにつぶやいたその時、サーキメイル……ザックォーから衛兵と同じく拡声器を用いた声での返答があった。その内容は全員の予想通り。


「待っていたぞ衛兵ども! 投降などするか! 俺はお前らを叩き潰すために、コレを奴らから貰ったんだからな!」


声の主は衛兵に恨みを持つであった。

叫ぶと同時にザックォーがその手に持った槍を構える。その瞬間、衛兵たちの車両についた大砲が魔法の光を帯び、一斉に炎の球体を発射する。

火球は狙い違わず、すべてザックォーに命中して爆発を起こした。耳をつんざくような轟音とともに衝撃と熱がザックォーを包み込む。

威力を重視した、爆発系の攻撃魔法を連続発射できる魔法回路式の大砲。数年前であれば戦争でもやるつもりか、と言われていたであろう衛兵たちの装備だが……


「ははははは! なんだ今のは? もしかして攻撃か?」


今ではごろつき一人捕えることもできない、頼りないものであった。

数年前に突然姿を現した謎の犯罪結社”魔王軍”が作り上げた戦闘用サーキメイル”ザックォー”には動くための回路の他に、攻撃から身を守る防御魔法の回路が組み込まれており、装甲表面には焦げ目一つ付いていない。


「くそっ! この装備でもダメだというのか!」


リーダーがそう言った直後、姿勢を低くしたザックォーが薙ぐように槍を振り、戦闘車両の一台が跳ね飛ばされた。乗っていた衛兵は無事なようで、慌てて這い出して来るのが見えたが、車両は大破し、もはや使い物にならない。もともと薄かった勝てる見込みがさらに減り、衛兵のリーダーは奥歯を噛みしめる。

そして次はザックォーの槍がリーダーの乗る車両に向けられた。慌てて後退するが、ザックォーの突撃する速度の方が早い。両者の距離はすぐにゼロへと近づいていく。勇気ある衛兵達といえど、流石にその顔を恐怖で引きつらせた。


「だ、脱出を……」


リーダーが隣に乗る部下にそう言おうとした瞬間、ザックォーが突然彼らの後ろに吹っ飛んで行った。


「……何?」


急停止して振り返ると、地面に倒れ伏すザックォーの姿。そしてその手前に、ザックォーより一回り大きく、両肩に片刃の剣のような翼を付けた、青い金属の巨人が両足で着地するところだった。


「あれは……」

「お、お前! 何者だ!?」


つぶやく衛兵と、慌ててザックォーを起き上がらせ、自分を吹っ飛ばした相手に喚き散らすごろつき。両者に答えるように、青い巨人はザックォーを指さして


『私はブレイ。お前を止めに来た! 私怨で街を破壊し、多くの人々を危険にさらした罪! この正義の心にかけて、許しはしない!』

「ブレイ!? まさかブレイライトか!?」


ごろつきはその名前に聞き覚えがあった。魔王軍がザックォーを何騎もばらまいているうえに、頼みの衛兵がたった一体を相手に手も足も出ないような状態にもかかわらず、ブライト・シティの人々が未だに普段の生活を送れているのは何故なのか。それはブレイライトと言う謎の存在が衛兵の味方をしている……より正確には人々を守るために、魔王軍のサーキメイルを次々と撃破しているからなのだと。


(だが、それがどうした。今の俺に勝てるものか!)


衛兵の戦闘車両を一方的に蹂躙できる力に酔い、自信に満ちた男は、自分まで倒されるとは考えられなかった。他の奴がやられたのはそいつらが弱かっただけの事だと。警戒しつつもザックォーに槍を構えさせる。


『今すぐサーキメイルから降りて投降しないならば、お前を倒す!』

「ほざけ! 倒されるのはお前だ!」


槍を突き出し、ブレイに向かって突撃させる。逃げたり投降したりといった選択肢は浮かびもしなかった。

しかしその直後にその選択を後悔することになる。


『……ならば、覚悟してもらおう! とぁっ!!』

「ぐおお!?」


ブレイは飛び上がって槍をかわし、そのまま空中でカウンターキックをザックォーの頭部に叩きこんだ。防御魔法が展開されているため装甲は無傷だが、突進の勢いを利用して威力の増したキックの衝撃で仰向けに転倒し、石畳が粉々に粉砕される。吹き飛びそうになる意識を何とかつなぎとめながら、ごろつきは奥歯を噛みしめ、ブレイをにらみつける。


「くそがァ……!」

『……倒すとは言ったが、そのサーキメイルを破壊するだけだ。大人しくしていればお前は傷つけずに済むのだが』

「ふざ……けるなァ!」


ブレイの言葉に激昂したごろつきはザックォーを何とか立ち上がらせるが、2回の転倒による衝撃で、すでに戦闘不能一歩手前だ。


『……ならば仕方がない。やるぞ、! モードチェンジ!』


ブレイはそう叫ぶと同時に空高く飛び上がり、次の瞬間にはその姿は人型ではなくなっていた。肩の翼を水平に伸ばし、まるで鳥のように飛行するその姿を見た衛兵もごろつきも一様に驚きの声を上げる。確かに魔法が急激に発達したことで、人間一人くらいならば飛ばすことは可能だ。しかし、全長10mを超す金属の塊を飛行させるほどのパワーを生み出す飛行魔法が完成したという話は聞いたことがない。


「空を飛んでいる……だと? あの巨体で?」

「お、おい! あれ! もう一騎居るぞ!」


口をあんぐりと開けて皆が見上げる先に、変形したブレイと同じ形の、緑色の飛行機が現れる。緑の飛行機はすぐにブレイと合流し並んで旋回する。


「ブレイ。やっぱり今回も?」


緑の飛行機から、通信によってブレイに声がかけられる。少年の声だ。


『ああ。スキャンしてみたが、やはりアレにも自爆用の魔法回路が搭載されている。起動前するに破壊しなければ……』


少し浮かない声で答えるブレイ。このザックォーを鹵獲して衛兵に引き渡せればいいのだが、今自分で言ったように、魔王軍のサーキメイルには自爆用の魔法回路が搭載されているのだ。しかも一定以上の損傷が出た状態で降りようとすれば勝手に自爆するようになっている。ついでに、損傷が出る前に素直に降りるものなど皆無である。魔王軍もそういう連中を選んでザックォーを渡しているのだろう。そんなわけで回路を破壊しなければ搭乗者は死んでしまう。


そして自爆回路は大抵が中枢部にあり、そこを破壊すれば、自爆せずともサーキメイルはただのガラクタと化す。おかげで実機どころか回路サンプルすら手に入らず、衛兵は未だ戦闘サーキメイル相手に戦えずにいる。


「……分かった。回路の場所はいつも通り?」

『ああ。奴の胴体、その中心部だ』

「了解。行くぞブレイ!」


数言交わした後、二機の飛行機が徐々に金色に輝きだす。


「何だ!? 何をするつもりだ!?」


うろたえ、何もできずに2機の飛行機を交互に見るごろつき。

もっとも、冷静でいられたとしても、槍しか装備されていないザックォーでは、空の敵相手にできることなどたかが知れているが。

やがて黄金の光に包まれた2機の飛行機がいったん離れ、ザックォーの立っている道の両端に移動する。


「『ツイン・ブレイブ・アタック!』」


高密度のエネルギーをまとった2機の飛行機が、超低空を飛行しながら前後から突撃した。突風とともにザックォーを間に挟んですれ違う。

その瞬間、機体を覆っていた光がそれぞれ片方の翼に集中し、黄金に輝く二つの翼が鋏のように前後からその胴を両断する。


「馬鹿な!? 魔法で強化した装甲が!? うおぉぉ!」


下半身から切り離されたザックォーの上半身が轟音とともに地面に叩きつけられ、3度目の衝撃に、ごろつきは今度こそ気絶した。

二機の飛行機はそのままどこかへ飛び去ってしまい、取り残された衛兵達は大慌てでザックォーに乗ったごろつきを捕縛しにかかる。


「しかし、ブレイライト……いったい何者なんだ?」


リーダーが漏らしたその声に答えてくれる者は居なかった。

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