2月12日 謝ること


 本当に恥ずかしいことなのだけれど、僕は謝るということがかなり苦手だ。


 もう何年も前の話だけれど、僕は謝っても許されないことを今までにあまりにも多くやりすぎてしまった。人を試すなんていうのはその最たるものだ。僕はいつも僕が好きな人や、僕を好きで居てくれる人を、試してきた。人として最低の行為だと思う。けれども今にも喉の渇きで死んでしまいそうな人間が目の前にある水を飲むことに方法を選べないように、満たされなくて僕はいつも追いつめられていて、どんなに歪んだ形でも愛が欲しい時期があった。そうして僕は暴力的な方法で、一番傷つけてはいけない人達から暴力的に愛を搾り取って捻じり取ってきた。


 必ずしもそうではないときもあった。けれどもどんな理由でも他人の気持ちを踏みにじったり心を傷つけたりしたことは、謝っても許されるものではない。表面上では許すと言われたとしても、その人は必ず憶えていて、傷跡になって残る。それからどんなに幸せな思い出を積み重ねても決して消えることはない。人一人傷だらけにする過程で、僕は何度も謝って、何度も謝れなかった。もはや謝ることすら白々しく感じてしまったからだ。


 謝ってもまた繰り返す。もうしないと言ってもやってしまう。そのうち謝るという行動が相手に許しを乞うだけのものになって、それは僕が相手から求める「救い」でしかなくなってしまった。あなたを傷つけてしまったことで失った僕の心の平穏のために、あなたからの赦しが欲しい。何故傷つけた側の僕が、傷つけられた側の相手から、そうまで勝手に「救い」を求めることができようか。そう思うともう謝れなくなってしまった。しかも相手が謝った僕を許してくれたとして、それが僕や相手を本当に救うことはなかった。何故ならさっきも言った通り、やってしまったことはもう消えないからだ。それならもういっそ許されない方が良い。もし何らかの罰を受けたり、僕も同じだけ傷ついたりして僕が許されるなら、そうしてほしかった。それからの数年僕は相手を傷つけたと感じたときには、再発を予防するという実践のひとつと、自罰的に心の平穏を保つためという意味合いで、すぐにその関係を終わらせてしまうようになった。最初はそれなりに重い葛藤や悲しみがあったけれど、関係がだんだんと浅いうちに終わっていくようになったので、そういう辛さも薄くなっていっている。


 どんな言葉も結局は受け取られ方や運やミスやどうしようもない心の葛藤や限界で鋭利になってしまって、誰かと一緒に居る以上はお互いに傷つけあうことを避けられないのも多分一部事実で、だからこそ一緒に居る相手は選んでいくんだろうけれど、だからこそ自分は誰からも選ばれないだろうと解釈する。それが自分が一番傷つかなくて、一番都合が良いからだ。そうやって僕は謝れなくなり、人と心からますます遠のいていってしまった。


 人と関わること自体もうそんなに無いしこれから増える予定も全く無いし、昔のように暇な時間ずっと哲学して自分の生き方や正しさを考えて実践することももうないのだけれど、とにかく今後の方針として「謝れないことはするな」ということを備忘録として書き残しておきたい。やってしまったことはもう取り返せない。絶対に戻らない。自分が自責の念にずっと苛まれるよりも少し我慢する方が遥かに良いことの方が世の中にはずっと多い。そういうことを忘れてはいけない。



 ここからは蛇足だけれど、世の中ではそもそも自分が悪くないのに謝ることが謝るという行動の使い方としてしばしばあると思う。それは謝るという行動の本質を「自分の非をつまびらかにして認め、自分が悪かったことを詫びる」というところではなく、「過程はどうあれ二人の関係を自分により好ましい状態に修復する」ことに見出しているだ。起こった事柄よりも、あなたと仲直りする方が大切だという姿勢を見せることの方が、ずっと意味があるときがある。僕はそのことにしばらく気づかなくて、謝ることになってしまった原因に目を向けてそれを解決して再発しないようにすることばかりに囚われてしまっていた。それが正しいとか、自分を律することだと勘違いしていた。シンプルでも謝れば通じる言外の意というものが、二人の関係が確かであればあるほど存在して、直接言うよりも言わなかったことの方がずっと良く伝わったりする。「言わなきゃ伝わらない、言われなければわからない」を地で行っていた数年前の僕には、そんなことは想像もできなかった。人付き合いや国民性の面倒くさいところではあるのだけれど、言わなければいけないことよりも言わない方が良いことの方が、最近ではずっと多く感じる。


 

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