春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ3
二人で静かに星空を眺めていると、いつの間に輪を抜け出したのか、しゃがみこんだ忠家がキザな笑みを浮かべ、過激な発言と共に片腕を差し出した。
さっき袖にされたばかりなのにタフな人だな、と章が思っていると、仲子がうつ伏せに姿勢をなおし、寝転んだまま両肘をついて忠家を見上げた。
「一晩中の腕枕って君ね、そういう戯れ事を誰彼かまわず言わないほうがいいよ。幼馴染の私は勘違いしないけど、私が実際に春の夜の夢のように儚い少しの間でも忠家君に腕枕をしてもらったら、いいえ、その台詞を聞いただけでも、周囲の人達はきっと私達がそういう関係なのだとつまらない噂をするに違いないから。そうなると困るでしょう」
全く、大学生にもなって忠家君は相変わらず変なことばかり言うね。
ほら、君にアピールしているかわいい一女が待ってるから行っておいで。
私は章ともうしばらくこうして寝ているから。
顔色一つ変えずにさらっと促す仲子に、忠家はカッと頬を染め上げた。
「戯れ事なんかじゃねぇ!幼稚園からずっと一緒に行動してきてた仲子に、ずっと昔からお前のこと好きだったのに、冗談やからかいでそんなこと言うか馬鹿。勘違いしろよ、もっと思い上がれよ!」
「うん?」
言っている意味がよくわからないという顔をする仲子を、とりあえず起き上がらせる。
後ろのサークルメンバーがざわざわとしているのを感じながらも、忠家は座っている仲子の両肩を掴んだ。
「いいか、今日と言う今日はもうすっぱり言うからな。幼稚園の時から何十回とアピールして全然通じなかったから、もう雰囲気とか気にせずストレートに言うからよく聞け。俺は初めて会ったときからお前のことが好きだ」
「好き?」
「言っとくけど、幼馴染や家族としてではなく、恋人にしたいという意味だからな」
ヒューという口笛や、「先輩どうして!?」なんて声が後ろから聞こえるが、告白された本人はきょとんとしている。
「…それは初耳だわ」
「俺が露骨にアピールしてもお前が気付かなかったんだろうが!いつも一緒にいたいから遊びに誘っても断るし、嫉妬させようと思って女を次々紹介しても祝福してくるし、あげくにそいつだ!」
びしりと章を指差す。
いきなり渦中に巻き込まれた章は起き上がって「僕?」と己を指差した。
「今まで1人マイペースを貫いてたから我慢してたけど、そいつが入ってからというものずーーっと二人で行動しやがって…!俺がどんなに誘っても断ったくせに」
「忠家君の周囲の人とテンションがあわないし、章は私と同じような趣味や思考回路をしているから楽なんだよ」
「後それだよ!なんで幼馴染の俺は忠家君で、そいつは呼び捨てなんだよ」
「そんなこと?」
「俺にとっては大切なことだ」
さあ答えろと、ぎらぎらした視線で忠家は仲子を見つめる。
そんな視線をもろともせず、仲子は「うーん…」とマイペースに考え始めた。
「特に理由はないかな。忠家君は初めてあった時からそう呼んでいたし、章は…しいて言えば女友達みたいなものだからかなぁ」
「じゃあこいつのことは男としてみてないってことか。眼中にないってことだな!」
勝ち誇った様子で章を見る忠家の顔は、基本的におっとりした性格の章でもイラッとさせるものだった。
女友達と言われるのは己のなさけない顔や体をあらわしているようで微妙だが、仲子には確かに友情しか抱いていない。けれども、なんだか忠家の顔はいらつく。
先輩、告白しても仲子さん顔色ひとつ変えてないですけど。眼中にないのは貴方もですよ。
後三年あるサークル生活を、こんな失言で居心地悪くしたくはない。
理性的な章はその場は黙って見守ることにした。
「そいつは女友達の枠だとして、俺のことはどうなんだ」
「そう言われても、忠家君は今の今まで幼馴染の枠だったんだけど」
「じゃあ今から、恋人として考えてくれ」
仲子の頬を両手で包み込み、「好きなんだ」と囁く忠家。
仲子は照れることもせず、忠家の真剣な顔を見つめ返し、「星々が浮かぶ宇宙のような綺麗な瞳だ」と場違いな感想を抱いた。
「とりあえず、今言えることは、長年の忠家君の謎な行動の理由がわかって、すっきりした」
「うん」
「後、忠家君のことはかっこいいとは思っているよ。見た目もそうだし、空気を読むのが上手いムードメーカーで、落ち込んでいる人を元気付けられる。何事にも全力で、一見ちゃらちゃらしているように見えるけど、実は努力家で結構負けず嫌い。私は好きなことだけ好きなだけ力を注ぐタイプだし、人と協力するのが苦手だから、そんな忠家君のこと、すごいと思っている」
「う、うん」
褒めている仲子が真顔で、口説いている体制の忠家がなぜか顔を赤らめている。
周囲も珍しく饒舌な仲子を見守って、誰一人動かない。
「男性としての感情ではないけれど、少なくとも私は忠家君のこと、人として好きだよ」
仲子の言葉に、忠家が悶絶した。
仲子が、俺のこと好き。
忠家の脳内はその言葉で埋め尽くされた。
さらに仲子は、ぼけっとしている忠家の両手を握り締め、少し微笑んだ。
「これからは、男性として考えていきたいから少し待ってて。その間女の子とっかえひっかえしちゃダメよ?」
「も、もちろん!仲子の願いはなんだって叶えるよ!!」
「別に浮名さえ流さなければなんだっていいんだけど…」
しいていえば、忠家君は茶髪より黒髪のほうが似合ってると思うな。せっかく宇宙みたいに綺麗な瞳なんだから。
ぽつりとそう漏らせば、忠家はバッと立ち上がり「俺、コンビニ行って黒染め買ってくるわ!」と走り去っていった。
その突然の行動に、見守っていた野次馬もわらわらと後を追いかけていく。
「待てよ忠家!コンビニここから何キロ先にあると思ってんだ」
「お前車ってか、免許も持ってないだろうが!」
「せんぱーいっ私のことかわいいって言ってくれたじゃないですかぁっ」
「忠家くーんっ」
わあわあと騒ぎながら、忠家の後を追うサークルメンバーを背に、仲子と章は再び仰向けになった。
「ようやく静かになった…」
「…仲子さんって小悪魔だったんですね」
「小悪魔?私が?」
「忠家さんを弄んでたじゃないですか」
「忠家君に言ったことは全て本当だよ。彼の行動理由がわかって、長年のもやもやがすっきりしたし、彼のことは本当に人として尊敬している。男性として好きになるかはわからないけれど、これからはそういう目で見ていこうとも思っている。それなら、その間はほかの人に目移りして欲しくないじゃない。そんな軽い気持ちに応える気はないしね」
「はあ…そうですか」
至極真面目な声で言う仲子に、章は悟った。
この人、小悪魔というか天然だ。
「後、大学生デビューだかなんだか知らないけど、茶髪は目の色に合ってないから似合ってないと個人的に常々思っていた。大体日本人なんだから、黒髪が一番似合ってるに決まってるよ。章も、せっかく綺麗な黒髪なんだから染めないほうがいい」
「はあ…。まあ染めるつもりは今のところないですけど。でもいくら普段思っていたからって、今言わなくてもよかったんじゃないですか?あの雰囲気で言えば、忠家さんが今すぐにでも染料買いに行くって予測できそうなもんですけど」
「ああ、まぁそうだね。別にあのままサークル活動を続けてもかまわなかったんだけれども、あわよくばって考えがなかったわけじゃない」
「というと?」
首を横に向けて、仲子は章に向かって無邪気に笑いかけた。
「満点の星空に、気持ちのいい草のクッション。隣には気の置けない友人。静かに天体観測をしたいじゃない」
「…はあ、なるほど。ていよく追い払ったというわけですか」
一枚も二枚も上手で、鈍感で、自分の欲望に忠実で、天然小悪魔。
厄介な人を好きになった忠家に、章は同情した。
「それにしても、枕は欲しいなぁ」
「ですねぇ」
「あ、流れ星」
きらりと輝いた流れ星に、自分は普通な人を好きになろうと、章は心に決めた。
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