第15話 ネオの事故1

 ──イエローワールド 三ヶ月前


 カララン。

 バー・アンカーに長峰ながみねユリがやってきた。

「いらっしゃい。長峰さん、お久しぶりですな」

 シゲが優しく出迎えた。カウンターに座っていたPTAパラレルトラベルエージェンシーのパラレルトリッパー東田ひだしだユキノもにっこりと笑って迎え入れた。


 今日はお得意様向けのパンフレットを作るために、ホワイトワールドでPTA社長のショウのインタビューを長峰がする予定になっている。イエローワールドでEMイーエムウイークリーの記者である長峰は、時空間研究所の鬼塚が引き起こした事件以来、PTAに興味を持っていて、時々ホワイトワールドに取材に来ている。もちろん、まだ一般には公開できないが、そのときが来たら長峰が独占記事を書く約束になっている。そのネタ作りも兼ね、パラレルトラベルエージェンシーのプロモーション活動を手伝うことになったのだ。


「では行きましょうか」

 今日もPTAのトリッパーで唯一の女性であるユキノがエスコート役だ。ノーマルな人間がホワイトワールドに行くには、誰かトリッパーがエスコートする必要がある。トリッパーは触った人をパラレルワールドに連れて行く能力を持っているからなのだが、鬼塚の事件以来、長峰は男性不信になっていて男性に触られるのを良しとしない。それでユキノなのである。

 ユキノは首に掛けていたヘッドフォン型のトリアン──Parallel Trip Amplifier──を耳にセットし、長峰の肩に手を置き・・・・・・トリップを発動した。行き先はホワイトワールドにあるPTAの社長室である。

 ユキノはトリッパーとしての能力が小さく、トリップを発動するまで時間がかかる。それを解決したのが高階の開発したトリアンだ。トリアンは名前の通りトリップ能力の増幅装置である。ヘッドフォン型のトリアンは今やユキノのトレードマークなのだ。

 ヒュンという風の音とともに、二人はホワイトワールドにトリップした。



 ──ホワイトワールド PTA本部


 社長室では、社長のショウと秘書の松岡まつおかマユミが待っていた。秘書の松岡は、ゴールドワールドのユニバーサルビート社の社長秘書の松岡とは別人、ホワイトワールド出身のアナザーである。社長のショウはユニバーサルビートでの松岡の働きぶりを気に入っていて、ホワイトワールドでわざわざ松岡のアナザーを探し出し、パラレルトラベルエージェンシーでも秘書にしたのだ。

 アナザーは、違うパラレルワールドにいる同一異個体のことである。ゴールドワールドでユニバーサルビート社の秘書をしている松岡マユミと、ホワイトワールドでパラレルトラベルエージェンシーの秘書としてスカウトされた松岡マユミは、同じ松岡マユミという存在だが別の人物である。別世界の同一異個体、つまりアナザーである。


「長峰さん、いらっしゃい。今日は良いインタビューを期待してますよ」

 社長のショウが握手を求めて右手を差し出した。長峰は少し躊躇して、軽くショウの手を握った。

「こちらこそ、良いお話をたくさん聞かせていただきますので、よろしくお願いします」


 インタビューは順調に進み、長峰が社長のショウの写真を何枚か撮ってインタビューは終了した。そこへ高階アイが入ってきた。

「社長、ネオの準備ができました。あ、長峰さん、お久しぶりですね」

 高階も長峰とは顔見知りだ。あの事件以来何度も顔を合わせている。

「高階さん、ネオって何ですか?」

「よくぞ聞いてくれました。ネオは、人や物を別のパラレルワールドに送り届ける装置です。長峰さん、トリップマシンは知ってますよね? トリップマシンはマシン自体が翔びますけど、ネオはマシンは翔ばないで、人や物だけを翔ばすんですよ」

「で、その体験会に、これから私も参加するという訳なんです」

 社長のショウが爽やかに笑った。その爽やかさに惹かれて、長峰も試してみたくなった。

「高階さん、私も体験会に参加させてもらえませんか?」

「え……と、それは……。外部の方はちょっと……」

 高階は社長のショウをちらっと見た。ショウはそれに気付き、ニコッと笑って高階に言った。

「いいんじゃない。こちらも体験してもらって記事にしてもらうといい。ですよね」

「そうですか? 社長がそうおっしゃるなら。では、こちらにどうぞ」

 高階は少し不満そうだった。高階は本当は断って欲しかったのだ。しかし社長がいいと言ってしまっては断ることができなくなってしまった。


 ネオは正式名をトリップボックス・ネオという。トリップマシンの小型簡易版であるトリップボックスの改良型である。街中にある証明写真撮影機のような形状で一人乗りだ。今までのトリップボックスは、ボックス自体が翔んだのだが、ネオは違う。ネオは、ボックスの中に入れた人や物を翔ばすのだ。これはとても画期的な発明なのだ。これまでは仙道と高階が通勤に使っていただけだったのだが、余りにも便利なので、スタッフに体験させようということになった。すでに二回の体験会で十人のスタッフが体験している。とても好評で、今日の三回目は社長のショウも招いて行うことになっているのだ。


 実験室には数人のスタッフと体験希望者が集まっていた。高階がみなを集めて話しだした。

「本日のネオの体験会は、スタッフ三人と社長、そして記者の長峰さん、合計五人に参加してもらいます。まず、バッジ型のセンサーを配りますので、それを胸に着けてください。それから、順番に操作を教えますので、その操作に従ってターゲットのパラレルワールドを往復してください。そして帰ってきたら、その間の状況や体調の変化などをこちらのスタッフに伝えてください。では、よろしくお願いします!」


 高階が状況や体調の変化を伝えて欲しいと言ったのには訳があった。この体験会は三回目になるが、過去の二回で翔んだ十名のうち、一人だけ、トリッパーたちがトリップするときに見る景色のスライドを体験しているのである。

 トリッパーはトリップするとき、出発地のパラレルワールドの景色を、到着地のパラレルワールドの景色が横に押し出し、カチっとシンクロする景色のスライドを見ている。他の九名は、あっという間に景色が変わったくらいにしか感じていなかったが、たった一人だけ景色が横に押し出されるスライドを見ているのだ。

 高階は、これが何か新しい技術につながるのではないかと考えていた。過去の二回もセンサーを着けてはいたが、そんな現象が起こるとは想定していなかったので、詳細なデータが取れていない。今回はセンサーをそれ用にチューニングし、その後に行うヒアリングと合わせて、その現象が何なのかを突き止めようと考えていた。


 スタッフ三人の体験が終わり、社長の番になった。ほんの五分ほどで戻ってきたが、社長のショウは興奮していた。

「すごい。これはすごいよ。画期的だ。高階君、もっと大人数を翔ばせるタイプを開発してほしいな。長峰さん、最後は君だ。驚きますよ」

 長峰は社長のショウに促されて、ネオに乗り込んだ。長峰の翔び先はイエローワールドのバー・アンカーだった。


「なんだ。つまんない」


 長峰は元来た場所に翔ぶという指示に少しがっかりした。長峰はふくれながらネオに乗り込んだ。

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