第12話 鮮やかな手口。身代金奪われる

 ──パープルワールド


 フジコは、オオサカ城にある国会議事堂の階段を登っていた。黒のパンツスーツに黒いサングラス。裏の赤い黒のハイヒールの音は、周りの観光客の雑踏にかき消されていた。

 取引場所は、国会議事堂の第三会議室。関係者以外立入禁止のロープをまたぎ、廊下を進むと、大きな木製二枚ドアの前に、スーツ姿のがたいの良い男が二人立っている部屋があった。


「ここね」

 フジコは『Syndicate シンジケートOオー』とレタリングされたカードを取り出し、右の男に差し出した。男は「入って良し」と言い、壁のボタンを押した。木製二枚ドアは予想に反して中央から横スライドして開いた。


「ふうん。電動横スライドか。ここからはすぐには出られないわね。ま、関係無いけど」


 部屋に入ると、三十人ほどが入れる大きな会議室だった。会議机が円形に並び、その真ん中は大きく開いていて何も置いてなかった。


「無駄な作りね。でもちょうどいいわ」


「何をごちゃごちゃ言うとる」

 円形の一番向こうに、貫禄のある六十歳くらいの男が座っていた。


「こいつが豊臣ヒデツグ……」


 その横には若い男女。男は二十代後半から三十代前半くらい、紺の細い縦縞のスーツに白のYシャツ、ノーネクタイ。すらっとした百八十センチはありそうな長身で短髪だ。後ろの女は二十代前半くらい。グレーのロングスカートのスーツに薄いピンクのシャツ。ショートカットで背が小さかった。


「こいつらは警察ってとこかな」


 さらに後ろに五人の男。どれも強そうながたいだ。


「ずいぶん念入りなこと」


 フジコはゆっくりと、待ち構えていた集団の近くまで歩いていった。


「娘は無事なのか」

「ええ。元気すぎるくらいよ」

 五人の男の後ろにジュラルミンケースが並んでいるのが見えた。

「いち、にい、さん、……、十個と。ケース一つで一億ってのは本当なのね。中身を確認させてちょうだい?」

 フジコは後ろの男たちに言葉を投げた。

「いや、それは後や。娘さんの安全確認が先やぞ。じゃなきゃ、金は渡さん」

 若い男が口を挟んだ。

「あら、あなたどなた? 見たところ警察っぽいけど?」

「わいは首都オオサカ警察の桐生や。覚えとき」

「まあ、やっぱり警察? 誘拐犯の前で警察って名乗るなんて、ちょっと非常識じゃないこと?」

「普通はな。でも、あんたらシンジケート・オーは、『パラレルトリッパー』の集団やっちゅう話やさかい、特別対応なんや」

 桐生は自慢するような見下すような態度で腕を組んだ。

「そう。お見通しなのね。なら話は早いわ」

 フジコは耳元を触った。インカムのようなものが見えた。

「娘さんを送ってちょうだい」


 ヒュン。風が吹き、円形に並んだ会議机の間に、直径1.5mほどの透明の球体が現れた。


「リホ!」

 ヒデツグが叫ぶと、中に入っていた人物がそれに反応した。

「お父ちゃん!」

 ヒデツグが立ち上がる。

「はい、ストップ! 感動のご対面はこの後で。はい、戻してー」

 フジコが耳元を触りながら指示を出すと、ヒュンと風が吹いて球体は最初から何も無かったかのように消えてしまった。


「はい、じゃあ、ケースを開けてお金見せてね。ほら、そこの五人、さっさと開ける」

 五人はパチパチとケースを開け、中身を見せた。フジコはケースに向かって歩いていた。

「はい、どいてどいて。わたしから3m離れること。近寄っちゃだめよ」

 五人を追い払い、ケースの中身を確認する。

「どうやら大丈夫そうね。じゃあ、これいただくわね」

 フジコはヒデツグに同意を求めた。


「どうやって持っていくんや。まさかこの五人に手伝わせろってわけやないやろな」

 フジコは吹きだした。

「まさかっ。さすがにそれはないわ。パラレルトリッパーをなめないでね」

 フジコはケースに手を当て、パチッとウィンクした。

 ヒュン、風が吹きケースが一つ消えた!


「なにっ!?」

 桐生がケースに駆け寄ろうとする。フジコが手のひらで制止する。

「あん。だめだめ、近寄っちゃだめよ。それ以上近寄ったら娘さんは帰さないわ」

 桐生は苦い顔をして後ろに下がった。


「それでいいわ。じゃあ、続けるわね」

 フジコがケースに触りウィンクするたび、ケースが風とともに消えていった。


「はい、これでおしまい。じゃあ、娘さんを帰すわね。……完了よ。帰して」

 言うや否や、風とともに再び透明球体が現れた。リホが中に乗っている。

「はい、開けてー」

 フジコが指示すると、球体の側面がガルウィングのように開き、リホが降りてきた。

「お父ちゃん!」

「リホ!」

 抱き合う二人を尻目に、フジコはゆっくりと球体の側に移動した。


「感動のご対面のところ、まことに恐れ入りますが、わたしはこれにて。さようなら」

 フジコは手を振りながら、にこやかにウィンクをした。ヒュンと風が吹く。

「ちょ、待てやっ!」

 桐生が叫んだが、フジコも球体もすでに消えてしまっていた。


「うわ、けったくそ悪っ! 目の前にいたのになんもでけへんかった! くっそーーー」

 桐生は頭をかきむしり、地団太を踏んだ。

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