第8話 入れ替わったリホ

 ──シルバーワールド


「シゲさん、ジョーをここに呼んでもらえます?」

「お安い御用ですな」

 ショウの言葉を受けて、シゲさんは静かに目を閉じ、すぐに目を開け頷いた。

「すぐですな。少しお待ちを」

 ショウはリホに「ちょっと待ってね」と告げ、リホは「なに?なに?」と二人の顔を交互に見ていた。

 

 ヒュン。瞬間、風が吹き、ジョーが突然現れた。


「早いね!」

「え? 何? ジョー! いま、なにしたん? どっから来たん? なんやの、これ?」

 リホは半分パニックだ。ジョーはゆっくりリホに近づき、両手をリホの肩にやさしく乗せた。

「心配したよ。まさか勝手にトリップマシンに乗っちゃうなんて、迂闊だった。すまん」

 リホはポカンとしている。

「……トリップ……マシン……?」

「そう。君が乗って来たのは、パラレルワールドに翔んでいけるマシン、トリップマシンだったんだ。君はさっきの世界:レッドワールドから、こっちの世界:シルバーワールドに翔んできたんだよ」

 ジョーが肩に手をかけたまま、ゆっくりと説明した。リホはまだ要領を得ないようだった。

「……乗って来た? うち、乗り物に乗った覚えないんやけど。……。! そっか、あの部屋、あのパネル押したやつや! あれ、乗り物やったんか。銀色のパネル押したから、シルバーワールド! ああー、そーなんやー。すごいな、それ。すっごいわー。ここ、さっきと違う世界なんやな? ほんまか。え? ショウさん、もしかして、うちの知らないショウさん? マスターも? え? じゃあ、さっきのメグミさんとタクトさんも別人? うわー。けったいや、感動や、ふわー。うわ、手が震えて来た。うわー」

 リホは興奮してしゃべりまくっている。ショウが、ふうと息をつき、シゲとジョーの顔見て、もう大丈夫という顔をした。

「とりあえず、これで説明できるようになったかな。ジョー、ちゃんと説明してくれる。このリホちゃんがどういうお客さんで、いまどうなってるかをさ」

「おっけー。そうだね。説明しないといけないよね。ちょっと複雑だからな。リホちゃんにわかるように説明するの、難しいな……」

「いいから。はい、始めて」


 ジョーは、こほんと一つ咳払いをして説明を始めた。


「まず。僕らがパラレルトラベルエージェンシーだってのは分かるよね」

「うん、そうやね」

「僕らは、お客様をパラレルワールドに連れていく。そういう旅行社だ。いいね」

「うん」

「パラレルワールドへの旅行には、僕らみたいなパラレルトリッパーが必ず付いていく。パラレルトリッパーってのは、自分の力でパラレルワールドに行ける能力者のことだ。通称トリッパー。僕とショウはトリッパーなんだ」

「そうなんや。それってめっちゃ便利やね。楽しそうやわ」

 ジョーとリホのやり取りに、ショウがちゃちゃを入れた。

「ちょい待ち! それっておかしくない? ジョー、リホちゃんがそれ知らないっておかしくない? 少なくともツアーに出る前にそれは説明してるだろ、普通」

 ジョーの顔が引きつった。

「ああ……それは後で説明するよ。後でね」

「なんだそれ」

「まあまあ、続き聞きましょ」

 ショウはむすっとしているが、リホは楽しそうである。


「こほん。それで、お客様にはトリップマシンに乗ってツアーに行ってもらう。トリップマシンってのは、能力の無い人をパラレルワールドに連れて行ける便利な乗り物なんだ。さっきリホちゃんが誤って乗っちゃったのもそう。あれはちっちゃい版で、決まったところにしか行けないんだ」

「へえ。うちのときは、それ使わへんかったね」

「ちょい待ち!」

 ショウがまた割り込んだ。

「おかしいよ! リホちゃんはトリップマシンでツアーしてるんじゃないってこと? それって規定違反だろ! っていうか、それって……」

「だから後で話すって」

 今度はジョーがむっとしてショウを睨んだ。

「分かった。続けろよ」


「パラレルワールドに行ける能力者は三種類ある。一つは今言ったトリッパーだ。二つ目はチェンジャー。パラレルチェンジャー。パラレルワールドにいる自分のアナザーと入れ替わることができる。といっても、心だけが入れ替わるんだけどね」

「アナザー?」

「アナザーってのは、同一人物の別個体だ。それぞれのパラレルワールドには、別の自分がいるわけだけど、それをアナザーって言うんだ」

「ふうん。あ、分かった! ショウさんや。うちが会社で会ったショウさんと、今ここで会ってるショウさんはアナザーなんやな。メグミさんもタクトさんもや。そうやろ?」

 リホは、アハ体験をしたように、目を輝かせてショウを指差した。

「正解」

 ショウはピッと人差し指を立ててニヤッと笑った。


 ジョーは説明を続ける。

「三つ目はマインダーだ。パラレルマインダー。パラレルワールドにいるアナザーと通信できる。パラレルワールドには行けないけど、アナザーと通信することで、様子を知ることができるんだ」

「それ便利。あ、シゲさんや。さっきなんか変やったもん。目えつぶったら、分かった、みたいな顔してた。そうやろ?」

「正解!」

 ショウがまた人差し指を立て、シゲはニコニコ微笑んだ。


「ここからがややこしいんだ」

 ジョーがちょっと真剣な顔になって、リホの方に向き直した。

「僕はトリッパーだけどマインダーでもある。それと、触った人をチェンジさせる能力がある」

 ジョーが指をパチンと鳴らした。

「だよな」

 ジョーとショウに重い空気が漂った。

「え? 何? 指パチンて……指パチン……」

 ジョーとショウは黙ってリホを見つめている。リホから笑顔が消えた。


「それって……私は入れ替わってる……ってこと……?」


「そう。君は今、アナザーと入れ替わっている。その身体は君のものではないんだ」

 



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