第7話 リホ、パニック!ここはどこ?

 ──シルバーワールド


「なんや、ここトイレやないやん。そう言えば、さっきシゲさんが左て言うてたような」

 リホが間違えて入った部屋は、証明写真撮影機のような部屋だった。人一人が座れるくらいの狭いスペース。正面にはパソコンのディスプレイのような画面とキーボードがあった。キーボードには赤、青、黄、白、金、銀のタイル状のパネルが光っていた。

「変なの。これ何やろ?」

 リホは銀のタイルを押した。他のタイルの光が消え、のタイルだけが光っている。瞬間、ヒュンと風が吹いた。

「風? すきま風?」

 リホはドアを開けて部屋を出た。そして、こそこそと通路の左側にあるトイレに入っていった。


 ────────────────────


「あれ、シゲさん、今誰か通った?」

 ショウは店の奥を見て言った。シゲは、さあ、という顔をしている。

「気のせいかな。いや、トイレに電気点いてるよね。変だな」

「消し忘れじゃないですかな」

 シゲがトイレの方を見てすぐ、ジャーと音がしてドアが開いた。知らない女子が出てきた。


「あ! ショウさん、もう来てたんですね。うち、ほんま今日うれしくて。あれ? 一人ですか? メグミさんとタクトさんは?」

 知らない女子は馴れ馴れしくショウに話しかけた。しかもメグミとタクトのことを知っている。


 誰、この子?


 知らない女子はちょこんとショウの隣ににこやかに座った。まるで知り合いのように自然な振る舞いだ。ショウはちょっと引いて、シゲに目で助けを求めた。


 ”誰?” ”知らないですな” ショウとシゲは目で会話した。


「あれ? ジョーは? シゲさん、ジョーはもう帰ったんかな?」

「ジョー?」「ジョー?」

 ショウとシゲは同時に声をあげた。ショウは女子の方に身を乗り出した。

「ジョーって……誰のこと?」

 ショウの思いつく限り、ジョーというのはPTAに最近入ったパラレルトリッパーのジョーだけだ。なぜこの子が知っているのか。

「ああ、ショウさんは知らないですよね。ジョーは……えーと……パラレルトラベルエージェンシーって会社の人です。ちょっとした知り合いで……さっきまでうちと一緒やったんですよ。どこに行ってしもたんやろ」

 パラレルトラベルエージェンシー? なんでこの子がそれを知ってる? やっぱり、ジョーってのはPTAのジョーのことだ。この子、もしやお客さん?

「君、もしかして、ジョーのお客さん?」

「お客さん……なのかな? お金、払てへんけど。ふふ。……ん? え? ショウさん、なんでそんなこと知ってはるの? えーーー???」


 カララン。

 ドアが開いた。メグミとタクトが入ってきた。


「ごめんごめん、遅くなっちゃった。あれ? ショウ、そちらはどなた?」

 メグミが言うや否や、知らない女子は立ち上がり歓声を上げた。

「メグミさーん、タクトさーん、今日はほんまお招きありがとうございます。”出会って一年目のお祝い” なんて、ほんまうれしいです。幸せやわー」

 知らない女子はメグミに駆け寄り、抱きついた。

「え? え? あなた、どなた?」

 メグミと知らない女子は、一瞬、時が止まったように、お互いの目を見て固まった。

 知らない女子は、ゆっくりとメグミから離れ、服を正して、ニヤッと笑った。

「やだなー。もしかして、サプライズ? いややわー」

 知らない女子が手のひらを縦に振ると、ショウ、メグミ、タクトの三人は、いやいや違う、と手のひらを横に振った。何かを思い出したかのように、目を見開く女子。

「待って待って。何言うてますの。うちですよ。リホ。結城リホ。お昼にカフェテリアでここで一年目のお祝いしようって誘ってくれましたやん。ここがいつもの隠れ家やって。そうだ、うち気づきましたよ。お店の入り口にあるいかりの置物、英語で錨はアンカーやろ? だからこの店、バー・アンカーなんや。ほら、あそこの ………… あれ?なんで? …… やだな。あれ? ジョー! そうだ、ジョー。もしかして、また指パチン鳴らしたんかな。えーーー!? また置いてきぼりーー??」

 知らない女子──リホ──は両手を顔にあてて取り乱している。


 ”ははぁ、なるほど。この子、リホちゃんは、ジョーのお客さんで、なんでか分からないけどツアーの途中ではぐれたんだな。トラブル対応に入らんといけないが……。まずはメグミとタクトをここから追い出さないとだな。あいつらはパラレルワールドのこと知らないからな”


 ショウがシゲを見ると、小さく頷き、小声で ”分かりましたよ。レッドですな” と口を動かした。シゲはパラレルマインダー、通称マインダーという能力者で、パラレルワールドにいる自分のアナザーと通信することができる。シゲはいまレッドワールドにいる自分のアナザーから状況を把握したのだろう。


「あー、ゴホン。メグミ、タクト、今日はお開きだ」

 ショウは立ち上がって、両手で追い払う仕草をした。

「え、なんでよ。まだ来たばっかりじゃない」

「あー、そうだな。……。実は、この子は、リホちゃんは……あー、俺のおばさんの婿養子の……親戚の従姉妹で……えーと、家族と生き別れて……それでー、俺を頼って東京に出て来たんだ。ちょっと深刻でね。だからお開き……だ」

 訳分からんが、それでいい。分かったら突っ込まれる。

「何言ってんの。だってさっき、会社のカフェテリアでって……」

 ショウはメグミの言葉をさえぎった。

「あー、それは、リホちゃんが混乱してんだ。無理もないよ。家族を失って、知らない街に出て来たんだからな。うんうん。はいはい、お開きお開きー」

 ショウは無理やり、メグミとタクトを店から追い出し、さよならー、と言ってドアを閉めた。


「これで良しと。さて、ジョーを呼んで事情を聞くとしましょうか」



 

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