第5話 リホ、新しい世界で初出勤します!

 ──レッドワールド


 ピピ、ピピ、ピピ、……


 朝だ。うちは寝起きはいいほう。ささっと起きて、ささっと支度して、ささっと出発する。ヒガシコウエンジ駅からトラノモン駅までは、マルノウチ線とギンザ線で約三十分。トラノモン駅前のスタバで朝食摂って目を覚まし、タブレットで情報収集をして、始業の九時ギリギリに出勤。これがうちのルーティーン。


 うちの会社は『コズミックファースト社』。クラウドとAIを組み合わせた情報分析サービスを提供している。うちはそこの広報担当。ビジネスショウに出展したり、コンピュータ雑誌や経営雑誌に記事広告を掲載したり、毎日がとても楽しい。

 さて、目も覚めたし、会社に行きましょー。


 あ、受付のメグミさんや。いつもきれーやなー。あーゆー風になりたいなー。

 我が社のマドンナ、萩野はぎのメグミさん、入社三年目、短大卒で二十三歳。私は二十四歳で一つ年上だけど大卒だから一つ後輩。憧れの先輩って感じなんやわー。ちょっとでもお話しできるようになりたいなー。


「おはようございまーす」

「リホちゃん、何やってるの。早く早く!」

「え? うち? うちのこと? ──なんでマドンナがうちの名前知ってはるの?──」

「受付は十分前に座ってる決まりでしょ。ああ、もう、制服も着てないし。早く着替えてきて。お客様来ちゃうわよ」

「え? え? 受付? うちが?」

「もう! 早く更衣室に行きなさい!」


 えーーー??? 何? 何? うちが受付?

 せや! ここは違う世界なんやー。そうかー、ここではうちは憧れの受付嬢なんやなー。しびれるなー。はよ更衣室行こ!


「メグミさん、どうです? 似合てますか? この制服、かわいいわー」

「何言ってんの。いつもと同じでしょ。さあ、仕事仕事」


 憧れの受付嬢。ワクワクする。みんなうちのこと見てはるなー。あ、もうちょっとお化粧、気合入れてくれば良かったなー。あ、早速お客さんや。


「私、イツキテックの橋本と申します。営業の小山さんに九時のお約束で参りました」

「かしこまりました。えーと、橋本さん橋本さん……小山さん小山さん……」

 ん? このシステム、どうやって触るんやろ。えーと、あれ? よく分からんなぁ。


「リホちゃん、何やってるの」

 メグミが小声で囁いた。

「これ、どうやるのかなーって、えへへ」

「これよ、これ」

「ああ、これね!」

 画面をポチっとクリックする。ほんで、ICカード渡してと。おお、小山さん、一階に迎えに来るって出た。すごいわ、これ。

「すぐに小山が参りますので、お待ちさい」

 よっしゃ、ばっちりや!


「ちょ、ちょっと。リホちゃん、今日ちょっとなまってるわよ。いつものように標準語で話してね」

 標準語て何? それにうちのどこがなまってるて?

「メグミさん、うちなまってへんよ。どっちかて言うと、メグミさんがトウキョウ弁やし」

「ほら、なまってる。ここは東京の会社の受付なんだから、標準語で話して。東京弁

──『東京弁』なんて普通言うかしら?── で話す必要はないわ。標準語でお願い」

 うちの話し方、これじゃあかんの? 標準語てなにー???


「あの、すみません、トイレを貸していただきたいんですが」

 来た。標準語、標準語。

「それでしたら、あちらにござ。いや、ござ……います。その前に、お名前聞いてもよろしおすか? ──あかん、これはキョウト弁や──よろし……ですやろか? ──あかーん── よろし……あるか? ──これも違う── よろしゅう……」

「リホちゃん!」


「あかん。うち、どうしたらいいか分からへん。受付無理やわ」

 リホが更衣室で落ち込んでいると、メグミが部屋に入ってきた。

「どうしたの? 今日はおかしいわよ」

「……うちもそう思います……」

「しょうがないわね。ランチ行くわよ」


 ランチ!? マドンナとランチ! なんてこと! パラレルワールドすばらしい!


 ────────────────────


「メグミ、リホちゃん、こっちこっち」


 カフェテリアの奥の席から、若い男が叫んでいた。どうやら知り合いらしい。


「もう、うるさいわよ。静かにしなさいよ」

「だって、呼ばないと別の場所に座っちまうだろ」

「別に一緒じゃなくてもいいのよ。私にはリホちゃんがいるから」

「冷たいよなぁ。あれ? リホちゃん、今日はお弁当じゃないの?」

「ショウ、やめなさいよ。みっともない。いつもリホちゃんのお弁当のおかず取るんだから」


 この人は『ショウ』さん? なんか、ちょっと面白そうな人。うちはいつもお弁当作ってるんだ。


「ショウ……さん、こんにちは。お弁当、良かったら、明日……」

「ほらー。リホちゃんっていい子だよなあ」

「もう、うるさい」


「私ねぇ。リホちゃんみたいなちっちゃ可愛いタイプになりたかったの」

「えええ?メグミさん、モデルみたいやないですか。私はメグミさんみたいになりたいです」

「そうだよ、メグミ。前に、もうちょっと身長あったらモデル目指したのにって言ってただろ。背が高いのに憧れてたんじゃないの」

「私、中途半端なのよ。背が高くなるならモデルみたいに百七十センチとかあるのが良かったの。そうじゃなかったら、ちっちゃ可愛いタイプが良かったの」

「お前、それ贅沢。身長ほぼ百七十なんだろ」

「百六十八」

「ほぼじゃん」

「ほぼじゃダメなの」


「よ」

 もう一人、知らない男がかけうどんの丼をトレイに乗せて現れた。

「おおーびっくりしたー。タクト、急に現れんなよ。もっと存在感持って来いよ。それにまたうどんだし」


 この人は『タクト』さん? イケメンやわ。寡黙なええ男や。


 タクトはそのまま黙って席に座りうどんをすすり始めた。

「また無視かよ」

 ショウはオオサカ漫才のような反応をしている。


 何だか楽しそう。ええなぁ、こういうの。


「みなさん、仲良いんですね。めっちゃ素敵やわ」

「ん? リホちゃんも仲良いだろ。今日はなんだか大人しいね」

「え、あ、そうですか? ──うち、いつもどんなんやろ?── ……うちもみなさんと仲良いんですか?」

「変なこと聞くね。あったり前じゃん。俺もタクトもリホちゃんにラブラブじゃん」


 そ、そうなの?


「なに馬鹿なこと言ってるの? リホちゃん、反応に困ってるじゃない」

「そんなことないよねー。でも、なんだかいつもとノリがちがうな。いつもなら ”うちもラブラブ~” みたいなノリなのに」


 そ、そんな。知らない人にそんなことせえへんて。めっちゃ恥ずかしいわ。いや、知ってる人……なんやから……ええんかな。


「ほら、”うちもラブラブ~”って、ほら」


 えええ??? やるの?


「うちも……ラブ……ラブ……はずかし……」

「おお。いつもよりなんか可愛い」

 ショウのテンションが一気に上がった。


 ショウさん、なんかええ人やなぁ。面白いし。


「ショウ、やめとけ。リホちゃん、しなくていいよ」

 対して、タクトはクールだ。


 タクトさん、イケメンやし、無口やし、渋いわー、かっこええわー。


「それはそうと。今日は空けといてくれてる?」

「え? ええ。えーと、何でしたっけ……」

「やだなぁ。四人で飲みに行こうって言ってたじゃん。俺たちがリホちゃんに出会って一年目のお祝いだよ。やだな、忘れちゃったのか?」

 お祝い! なんて素敵やの?

「空いてます、空いてます、そんなの忘れるわけないやないですか。いややなーもー。行く行く、行きますよ」

 リホは立ち上がっておおはしゃぎだった。三人はニコニコしている。

「俺たち、ちょっと遅れていくからさ。先にお店に入っててね」

 お店?

「あの……どこでしたっけ?」

「やだなー。バー・アンカーだよ」

 バー・アンカー!? 知ってる。その店知ってる。

「行ったことあります!」

「そりゃそうだろ。いつもの隠れ家だろ」


 そうなんだぁ。良かった。知ってる店で。あれ? 確か、ジョーが毎晩行ってるって。ま、いっか。


 ────────────────────


 ブーン。


 更衣室に戻るとスマホのバイブが鳴った。パパだ。

「あ、パパ?……ああ、お父ちゃんや、お父ちゃんね……うん……どないしたん?」

『昨日、なんや変やったから気になってな。心配になってもうてん』

「そりゃ、おおきに。なんも心配いらへんよ」

『家を継ぐ継がないて、そりゃ代々続いた木下きのしたの家も、もううちしか残ってへんから、気になるのも分かるけど』

 木下?

「パパ……お父ちゃん、うち木下やったっけ?」

『なんやそれ。いくら中学んときから結城ゆうきの家に行っとるからて、自分の本当の苗字を忘れたなんてさびしいわ』

「そういうことやないんやけど……」

 木下。だから家を継がなくてもええの……。だとすると。

『やっぱ、なんかおかしいで。お前、大丈夫か』

「ああ、大丈夫、大丈夫。もう切るね。ほな」


 木下。木下かぁ。そうかぁ、家を継がなくていいのはうれしいけど、ちょっと複雑な気分やなぁ。




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