第4話 パラレルトリッパーの女

 ──パープルワールド


「はい……そうですか。分かりました」

 本部と連絡を取っていたショウが、暗い表情で電話を切った。

「リキさん、長峰さん、今日は検査で本部に来てたみたいなんですけど、センサー外して帰っちゃったらしいです」

「そりゃ、うまくないね。で、今どこにいるって?」

「それが、分からないって……」

「そんな訳無いだろ。同じ世界にいれば波動を追えるはずだ。分からないっておかしいだろ」


 PTAが持っている波動追跡装置はトリッパーの波動を常に追っている。一度登録されたトリッパーは波動追跡装置がある世界では、居場所は丸わかりなのだ。しかし、波動追跡装置を置いていない世界、つまりまだ知らないパラレルワールドに翔んでしまった場合、センサーが着いてないと追えないのである。


「それに、さっきお前が見たのがユリちゃんだったら、ここにいることが本部に分かるはずだよな。ここには波動追跡装置が設置されてるからな」

「じゃあ、さっきのは長峰さんじゃ無いのかな……」

「ユリちゃんは行方不明……か」

 リキとショウは何か良くないことが起きる前触れを感じていた。

 

「時間ですが、戻りますか?」

 バスの運転手が、運転席から声を掛けた。今日のツアーは終わりである。そろそろ戻らなくてはならない。リキとショウは、そうですねと運転手に頷き、点呼を始めた。


「全員揃ってる、と」

「じゃあ、行くか。運転手さん、お願いします」

 リキが運転手に声を掛けたときだった。開いていたバスのドアから若い男女が乗り込んできた。先頭の男は二十代後半から三十代前半くらい、紺の細い縦縞のスーツに白のYシャツ、ノーネクタイ。すらっとした百八十センチはありそうな長身で高校球児のような短髪だ。後ろの女は二十代前半くらい。グレーのスカートのスーツに薄いピンクのシャツ。ショートカットで背が小さかった。


「首都オオサカ警察や。ちーとばかしお話し聞かせてほしいんやけどな」


 先頭の男が警察手帳を見せながらリキとショウを押しのけて中に入ってきた。「桐生きりゅうタツヤ警部補」と書いてある。後ろの女はドアのところで腕を組んで立っている。まるで誰もバスから出さないようにしているかのようだ。


「警察? 何かあったんですか?」

 リキの言葉に桐生は無視して話し出した。

「ここに、黒いパンツスーツの女はおらんか」

「見ての通りですけど」

「なんや、オバちゃんばっかりかいな。若い女はおらんのか」

「何ですか、いきなり」

 桐生はショウの言葉をまったく無視して話しを続けた。

「あんたらPTAやろ。パラレルワールドを旅行するとかいう。怪しいなぁ。隠しとるとためにならんで」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。話しが全く見えません。何の話しをしてるんですか」

「またとぼけて。しょーもな。女や女。早く居場所をしゃべらんとええことないで」


 警察とは言え、我々のことを知っているというのはかなり特殊な人間だ。PTAは、セレブにしかまだその存在を知られていないが、その世界の長にはその存在を知らせている。つまりだいたいは政界のトップ、警察のトップ、司法のトップはその存在を知っていることになる。逆に言えば、彼らは警察のトップにつながっているということになるのだ。それは彼らがPTAの存在を知っていて、「パラレルワールド」という言葉を発したことからも想像がついた。


「だから、話しが見えませんって。ちゃんと話してくださいよ。その女が何だって言うんです?」

「わいらが探しとるのは、パラレルトリッパーの女や。あんたら二人はパラレルトリッパーなんやろ?仲間なんちゃうんか」


 リキとショウは顔を見合わせた。こいつは「パラレルトリッパー」と言った。かなりの事情通だ。


「パラレルトリッパーの女?」

 リキとショウが知っているパラレルトリッパーの女と言えば、同じPTAの添乗員のユキノである。警察はユキノを探しているのだろうか。そのとき、ショウの記憶が蘇ってきた。黒のパンツスーツの女。長峰に似た女。リキが話していた、長峰がトリッパーになった話。ショウの顔が曇った。その表情を桐生は見逃さなかった。

「なんや、やっぱり知っとるようやな。じゃあ、署でゆっくり話を聞かせてもらおか」


 桐生は運転手と乗客、リキ、ショウの全員を拘束し、警察に連れて行った。全員が容疑者ということだった。しかし何の容疑かは一向に教えてくれなかった。リキたちは何も分からず警察に閉じ込められていた。


 ショウが最初に取調室に連れて行かれた。取調室に入ると、桐生警部補とさっきの女──多分刑事。『とどろきアズサ』と名乗った──がいて、いきなり写真を見せられた。

「この女に見覚えは?」

 写真は防犯カメラからの映像のようで、国会議事堂の入り口から入ってこようとしている一人の女が写っていた。黒のパンツスーツに黒サングラス。それはショウがすれ違った女だった。ショウは話すべきかどうか迷っていた。この女は長峰に似ているが、ただそれだけである。素直に「すれ違いました」と言うべきか。言うと面倒なことになるのか。どちらがいいのか分からなかった。いずれにせよ、何の事件が起きたか知らないうちは話さないことにした。


「刑事さん、何の事件が起きたかくらい教えてくださいよ。それくらいは教えてくれてもいいでしょう」

 桐生は少し黙って、斜めにショウを見ていた。そして、しょうがないな、という顔で話し始めた。

「誘拐や。この女は誘拐犯の一味なんや」

「誘拐! 誘拐って、僕ら関係無いですよ」

「ほんまか? こいつ、パラレルトリッパーやで。身代金受け取って、パーっと消えてしもたんや。受け渡し場所はオオサカ城。お前らもそこにいたんやろ。お前らもパラレルトリッパーや。無関係ってのは、ちと虫がよすぎるんちゃうか」


 ショウは言葉を失った。パラレルトリッパーの能力を誘拐に使っている?なんてことだ。この素晴らしい能力を悪事に使うなんて。


「もう一つ言うとくとな。被害者は帰ってきたんやけど、それがトリップマシンとかいう機械で帰されたんや。そんで、その機械もドロンや。あんたらPTAもトリップマシン使うてるんやろ。そんなやつら他におらへんわなぁ。さあ、どない説明するねん」

 すごむ桐生にショウは何か言わなければと懸命に口を動かしたが、頭には何も思い浮かばなかった。


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