第3話 知らない世界で置いてきぼり

 ──レッドワールド


「パラレル……トラベル……エージェンシー……」

 リホは名刺を見ながら、意味を確認するように読み上げた。

「つまり?」

 リホは、訳が分からない、という顔でジョーの顔を見上げた。

「つまり、俺はパラレルワールドへの旅をサポートする旅行会社に勤めているんだよ」

「……つまり……?」

 リホは、ますます訳が分からない、という顔をした。

「パラレルワールドは分かるよね? この世には、並行に走っている別の世界がたくさんあるんだ。それがパラレルワールド。自分のいる世界とちょっとずつ違っているんだ。で、ここは、君の親父さんがサラリーマンで、家を継ぐ必要が無い世界なんだよ」

「………………えええええええ??????」

「長いな。理解した?」


 つまり、ここはうちの住んでる世界とは別の世界で、うちは家を継がなくていい……。そんなんあり?


「いや、ちょっと信じられへんわ」

「でも、さっき親父さんに電話して分かっただろ」

 それはそうやけど……。いや、何かのドッキリかもしれへんし。

「ドッキリじゃないよ」

「何で分かるん? うちの心読めるん?」

「いや、みんなそうだから。みんな同じ反応するんだよね。もう慣れたよ」


 いやいや、そんな訳あらへん。そんなんおかしいやん。


「ま、しばらくここで暮らしてみてよ。運良く、勤めてる会社も住んでるアパートも同じだからさ。違うのは家柄だけ。そういう世界がたまたまあったんでね。住むのは苦労しないと思うよ。俺は毎晩ここのバーに来てるからさ。何かあったらここに来て。じゃあね」

 ジョーはそう言うとすたすたと歩き出した。

「ちょ、ちょっと待って。待って!」


 リホは、ジョーの言うことを信じた訳では無いが、一人にされたくなかった。もうちょっと話してもらわないと不安でしょうが無かったのだ。しかし、ジョーはリホのことなどお構いなしだった。


「あ、そうそう。ここ、さっきまでいたシンジュクじゃないよ。西新橋だから。帰り、気をつけてね」


 ニシシンバシ? 何で? カブキ町やないの?

 周りを見て今気づいた。ここはシンジュクやない。どういうこと?ジョーの言ってることは本当やの?


「ジョー」

 振り向くと、ジョーはもういなかった。西新橋の街は人で溢れていて、ジョーがどっちに行ったかも分からなかった。


「置いてきぼり!? ちょっ、女の子を置いてきぼりってどうなのよーーーっ!」

 リホの声が、賑わう繁華街に響き渡った。みんながリホを見ている。周りからざわざわと「どうしたんだ」とか「かわいそうね」とか聞こえてきた。リホは下を向いてその場から逃げ出した。


 ここはシンジュクじゃない。そのことだけでもパニックになりそうだった。ジョーがいない。何も分からない。そしたら家に帰るしかない。

 リホはスマホを取り出し、地図アプリを開いた。

「ここはどこなんやろ」

 ポイントされたところは、ジョーの言う通り「西新橋」だった。

「『西新橋』? なんで漢字やの?」

 おかしい。うちの住んでる世界では地名はカタカナのはずや。何で漢字やの?

 慌てて周りを見ると、電柱に貼られた住所表示も漢字だった。

「ほんまに……別の世界……なんやね……」

 急に不安が襲ってきた。知ってるけど知らない世界。涙が出そうだった。でも帰らないと。


 西新橋から自宅のあるヒガシコウエンジ、いや東高円寺まではギンザ……銀座線からマルノウチ……丸の内線に乗り換えて行ける。ここからなら、会社のあるトラノモン、いや虎ノ門まで歩いてそこから乗ればいい。乗れればやけど……


 帰り道はスムーズだった。パスモも使えたし、電車も乗り換えも自分の世界と同じだった。駅名が漢字表記だったことを除けば。


 家に着いた。鍵もすんなり開いた。部屋も同じだった。

「へ、へえ……おんなじなんやね。……って言うか、これってうちの世界なんやないの?」

 急に腹が立ってきた。シャワーを浴びて、すぐにベッドに潜り込んだ。

「夢よ。きっと夢なんやわ。今日はちょっと飲みすぎたんよ」

 リホは全てを忘れるようにすぐに眠りについた。




 


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