第8話 ユリ物語の始まり始まりー?

「重要な物を取って来るから帰っちゃだめよ、お昼はどうするの?」


 そう聞いても赤い顔で首を振るだけ、コミュニケーションが難しい子だ。


教室から寮の自分の部屋までは二分程度、リュックの中に生活必需品のほとんどがまだ入ったまま、まだどこに入れるか決めてない。


 鋏(工作用)と手鏡を取り出してポケットに、教室に戻る途中で購買に寄ってみた、残り一個のパンを買う、アンパンだった。


 教室に戻ると又又下を向いてる日輪さん、私が中に入るとほんの少し私を見て下を向く、でもやや角度が上向きな気がする。


(飴とムチ、どっちが先が良いかな)

 机の上にパンを置いて、

「日輪さん可愛すぎて苛めたくなったの覚悟して、どっちにしても逃がさないから、最後はこの毒入りパンを食べて貰う、一個全部よ途中で辞めさせないから」


「ごくり」唾をのむ音が聞こえた、覚悟したかな。


 ポケットから鋏を取り出し、左手で乱暴に日輪さんの前髪を掴む。

「いじめっ子に髪をバッサリ切られるのよ、何でも言う事を聞きますって言えば考え直さない事もない、わかんないけど」


 小さいけれど何とか聞こえる声で「なんでも言う事を聞きます、髪も切ってください」


 予想外の返事が帰って来た、(両方受け入れちゃうわけ、変な子)


「じゃあバッサリ切っちゃうから恨みなさい」

 前髪を手前に引っ張りわざと斜めにバッサリ。


 手で持っていた部分を切ったのでほとんど下には落ちない、長年自分の髪をカットし続けた裏技、いや誰でもできる。


「今日はこれだけ、鏡を見て泣くのよ、今見る?」


 頷くので手鏡を顔の前に持っていく。

またまた顔が赤くなった、頬が膨らむ。

(あーだめ、その顔私のツボ)


 前髪を切ったので表情がはっきりわかる、胸がキュンキュンしまくり。


「それじゃあ毒入りパン、僕のおごり」

机の上のパンを日輪さんの前に滑らせる。


 日輪さんは躊躇わず手に取り袋を割いた。


その間に僕じゃなかった私は自席に戻りポケットティッシュを一枚取り出して広げ、左手に掴んだままの髪の毛をくるんだ、さっきまでゴミ箱へポイするつもりだったけどポケットに押し込んだ。


 日輪さんの所に戻るとポロポロ涙をこぼしていた、でも口はモグモグ、空の袋だけがそこに有った。


 私はハンカチで涙を拭いてあげ「ごめんね」と優しく言ってしまった。


でも首を振る日輪さん、ごくんと飲み込んで「違うの、おいしくて」


(、、、毒入りアンパンが、毒は入ってないけど)


 日輪さんがはっきりした声で話し出した。

「うち貧乏だからこんなの食べられない、小さなときに食べた様な気がしました、こんなにおいしかったんでっすううう」泣き出してしまった。


 さっきから涙を流していたのは久しぶりに美味しいものを食べて感激の涙だったようだ。。。

 アンパン一つでこんなに感激されるとは「毒入り」の効果は全くなかったみたい。

 でもこの子どんな生活をしているのだろう。


 なんかこの子を見て違和感が有ったその理由が分かった、制服が違うのだ、私達が着ている制服もぱっとしないが、真新しくピンとしている、この子が着ているのは襟の型が違っていて白いラインもくすんでいる、誰かのお下がり、かな。


 「おいしゅございました、なんとお礼を申し上げて良いのやら、どうもありがとうございました」

机に頭がつかえる迄頭を下げる。


(毒入りパンがこんなに喜ばれるなんて)

「えっともういいから、頭を上げて(それでも上げないので)頭を上げなさい」


 きつく言ったらニッコリ笑顔で顔を上げた。

(か、か、か、可愛すぎ、この子俺がもらった)


 どうも私の中に男の子が住んでいる、、、そうだった住んでいた、でも紫は反応なし、今朝から全く?だったかな)


 形勢逆転今度は私がたじろぐ方に、

「え、えっとそんなに美味しかったの、良かった、な、何時まで居るの」

「早く帰っても叱られるだけです、居場所が無いんです三時までは帰りたくない」


 この子も家に居ずらい様だ、私とは状況が違うけど。

「寮はね友達呼べないの、親とか親戚は別の部屋で面会できるけど」

「いえ此処で結構でございます、私に付き合って頂きまして誠にありがとうございます」

「あのそんなに畏まらなくていいから普通に話して」

「こういう風に話せと躾られておりまして、中々普通に話せなくなってしまいました」

(さっきまでは「帰りたくない」だったけど、、、本音で話せないのかな、余ほどの事が無いと)


「そうか三時か、ね、中庭行ってみよ」

「えっ、そ、それは、、、」

「どうかしたの?」

「おばけが、、、」

「お化けなら目の前に居るけど」

「本物が出るとか」

「へえ面白そう行ってみよ」

「で、でも」

「昼間から出るお化けは私くらいよ、出てきたら帰りなさいって追っ払ってあげるから」

「私を、ま、守って下さいますか?」

「守る守る、俺の女だから」

「し、幸せでございます」


(いいのかねえ)


 日輪さんは俺、いや僕、いやいや私、、、(あー訳わかんない)にくっ付いて中庭に向かった。




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